第1021話 クロスステッチの魔女、墓に語りかける
私が、墓に来る機会なんてあんまりなかった。私が知る限りでは、私自身の家族がこの墓地のどこかに埋葬されているわけでもなかったし、墓に語りかけるような相手も当時はいなかったからだ。当然の話だった。ただ、たまに義母さんは私を墓掃除に連れ出して、飛んできた葉や蜘蛛の巣を払いながら、墓参りのやり方を教わった記憶がある。
『養いっ子のお前には、血縁も何もないがね。家の仕事以外あんまりにも物を知らないようでは、私らの教育が悪いと言われちまうから。ほら、最後は水を撒くんだよ』
墓石は白が覆い尽くされるほど、苔むしているのが喜ばれた。墓石が苔むすに従って、死者の魂は安らいでいるからだと言われている。枝の輪を供えた二人の墓石は、頻繁に水を撒かれていたのだろう。死んでからそれほど経っていないにしては、しっかりと苔が生えていた。
「キーラったら、二十年ぶりの帰省だと言うんだ。もう三十年近く経っているのに……まあ、魔女らしくなったと言うべきか、なんというか」
「なんでそんな言い方するのよぉ!」
私がわざとらしく膨れっ面を作って言うと、少し義兄さんは驚いた顔をした。まあ確かに、村にいた頃はこういう反論とかもする方ではなかったから、驚かれるのはおかしくはない。
「こほん……中々踏ん切りもつかなくて、場所も名前も分からなくて、来るまでに結構な年月が経ってしまいました。村の名前なんて考えたこともなかったし、北方山脈の温泉がある村で魔法で探したら七つも出てきたし、大変だったけど……私を知る人が誰もいなくなる前に来られたこと、それは、よかったと思ってる」
墓石に触れてみると、苔はふさふさとしていた。それなりに生えてから、時間が過ぎている証だ。
「……嫌なことも沢山あったし、アルミラ様……あの時の魔女に連れられて村を出られた時は、すっきりしたはずなのに。なのにこうして年をとって思い返してみると、悪いことばかりじゃなかったんだなって思えてくるの。家事がちゃんとできること、私、村を出て最初にアルミラ様に褒められたんだからね。普段にない大雪で暮らしてる森や近くの街が大変な時も、こっちの冬に比べたらかわいいものだったから、すごく快適に過ごせたし」
自分でもなんだか、支離滅裂なことを言っている気がする。
「もう後数日したら、あっちの家に帰るけれどね。たまに、来るかも。隣村で《生者の義務》もちゃんとやってきた。そういうのは、教えてくれて……ありがとう、二人とも」
当然、返事はなかった。




