第1018話 クロスステッチの魔女、宴に物を思う
蜂蜜酒をたっぷりと飲んだ。飲んで、騒いで、笑った。誰かが私の知らない思い出話や滑稽話をして、それでまた声が上がった。——《輪振る舞い》の時はいつも、輪の隅にいるだけだった。今は真ん中だ。少し、不思議な気持ち。酔って気分も良かった。
「ねえあんた、ずっとこの村に住むようになったりしないのかい?」
誰かの言葉に、一瞬、心がぐらついた。そんな風に思う日なんて来ないって思っていたのに、案外、私もわかりやすいものだ。頼られて、反省されて、謝られて、それが嬉しいなんて。お師匠様に知られたら、単純だの騙されやすいだの、言われるのが目に見えている。
「しないわよ、向こうで家ももうあるんだもの! ああ、でも、こんなにいい気分なら、またたまに戻って来てもいいかも……」
村住みの魔女に必要なのは、人付き合いの上手さと線引き。私には、まだそのあたりの自信もない。特に故郷なら、なおさらだ。『井戸や道のように使われたら断ってくれ』と言われたけれど、そうやって割り切りが上手にできるか――彼らへの疑いもあるにはあるけれど、私は、私への不信があるのだ。『私が』、頼られて嬉しくて、やりすぎてしまうんじゃないかって。
村住みの魔女が頼られすぎた場合、潰れるのは魔女だけではない。村も、人間も潰れる。魔女が去らなくても、その前から潰れるのだ。魔女がパンを魔法で出すようになったら、パン屋に客は来るのか? 魔女が魔法の燃えさしを用意した時、木こりは生きていけるのか? ……そうやって人も去るか、怠けて、潰れる。私は魔女見習いの時に、お師匠様にそう教わった。
『だから、釣り合いが大切なんだよ。村に住んで人間とうまくやれる魔女は、それがわからなければ務まらない。《堕落の都》やいくつかの古物語にある、怠けきった人間の姿を曝け出させてはいけない。……人間側にもある程度律してもらうにしても、魔女だって、ホイホイ頼みを引き受けない心が求められるのさ。それがわかるまで、あんたは村でなく、森に住むんだよ』
役目や承認は、甘美な蜜だ。私はそれがわかっているから、森と旅に暮らす道を選んだ。お師匠様が言う割り切りを身につけたと、そう自信が持てるまでは、人間の中に暮らすことはない、と。
ただ、通り過ぎる客人。もてなしに応じて力は振るっても、留まることはしない。それ以上の対価がなければ、それ以上はしない。できてるか自信はないけれど、そうなりたい、と思っている。
「マスター、もう一杯飲まれます?」
「……そうね」
でも、あと一日か二日くらいは、いてもいいかもと思えた。




