第1016話 クロスステッチの魔女、回想する
私にとって、村での暮らしは手放しによかったものではなかった。そうだったら、お師匠様の手は取っていない。
他の子達が遊んでいる間に言いつけの仕事をしないといけないこととか、やっぱりやんわりと『村の輪』の外側に置かれていたこととかは、幼い私にも漠然と嫌だった。当時は無学も無学だったから、それを言い表す適切な言葉を知らなかっただけで。刺し子刺繍の魔女は、きっと私の、村が嫌いになれない部分を見ていたのだろう。村を出てから、あの時の自分の立場は思っていたより薄氷の上にあったことを知った。
子供が捨てられていたからと言って、必ずしも拾うことは義務ではない。どこにも行けなかった子供が街の路地裏で育ったり死んだりすることは珍しくないし、ここのような村の場合、それは『山へお返し』することを指した。何気なく聞いていた、山に迂闊な踏み入り方をして、帰ってこなかった子供の話。あるいは、精霊に取られていなくなった子供の話。どちらかといえば、そちらに近かったことに気づいた。
――そうしてしまえば、血縁でも村の縁でもないのに、食わせる必要のある口はいなくなるのだから。
『あんた、今までずっと家事をしてたんだって? そりゃあ、あんたには不幸だったかもしれないけど、あたしには幸運だわね。魔女の見習いは、針より重いものを持ったことがないような女も珍しくないから。一から家事を仕込む必要がないなんて、今回の弟子は楽だわ』
なんて、お師匠様は笑っていた。魔女のお師匠様が一人、《ドール》が二人、そして自分。それだけ頭数しかいないのなら、家のことをこなすのは、私にはとても簡単だったからだ。ちゃんと仕込んでもらえてよかったわね、とも言われた。そうでないと生きられなかったのだけれど、今にして思えば、まずよくやれるようになるまで仕込んでくれたものだ。
「……私、もう少し早く、ここに来る決心をすればよかったかもしれない。死んでしまった人の眠りを、無理やり起こす魔法は私は知らないから」
「キーラ?」
私に、義兄さんが不思議そうな顔で聞いてきた。『起こす』相手が自分の両親――私の養父母のことだと、勘づきはしたのだろう。
「義兄さんは謝ってくれたし、私の中にも、やっぱりなんでって気持ちとかは、あったんだけれどね。
……私、山を降りてから、家の仕事をするのに苦労はほとんどしなかったのよ。全部教えてもらってたから」
「……そうか」
なんとなく、この言葉で義兄さんはわかってくれた気がした。




