第1015話 クロスステッチの魔女、謝られる
バア様の家で話し込んでいるうちに、気づけば、窓から入り込む日の光は随分と傾いていた。そして、家の外から人の話し声がちらほらと入ってくる。
「そう、魔女様って村の……」
「本当にいたんだ……」
「村長が走って……」
等等、うんぬん、かんぬん。そもそもこんな村で隠し事も難しいから、すぐに広まるとは思っていた。とはいえ、広まるなら明日くらいだと思ってたんだけどなあ?
「お前、村にそのまま住む気か?」
「温泉に入りにきたのも、半分本当。半分は……私が知っている人が、一人くらいはいるうちに、村を見ておこうと思ったの。知ってる人が誰もいなくなったり、村自体がなくなってしまう前に、一度くらいは、ね」
だから冬の備えの邪魔にならない程度で帰るわよ、と言うと、義兄さんはホッとしたような、残念そうな、寂しそうな顔をした。それも一瞬のことで、すぐに元に戻る。
「そうか。魔女が村にいれば、何かあった時安心だと思ってしまったが……魔女のことを、井戸や道路のように考えてはいけないからな……親父に殴られる」
「ああ、村に魔女が来てた時、そんなこと言ってたわね」
「あ奴にはたっぷり、そうやって痛い目を見た者の物語をしておいたからのぅ。語り部の婆の話を聞いて、思い直せるのであれば、それは婆の覚えている物語が役に立っておった証拠じゃ。キーラ、あんた達魔女の方にだって、そういう物語はごまんと伝わってあるじゃろう」
私たちの会話に、さらりとバア様が新事実をぶち込んできた。後半は確かにそうだったので、頷いておく。軽い気持ちで頼まれごとを無償で引き受けているうちに、段々とそれが過剰になって潰された魔女や、魔女が逃げたために破滅した村や町の話は沢山あった。
「魔女は長く生きるゆえ、そういう問題がある、か。キーラ、もし俺やサーシャの子孫が無茶なこと頼んできたら、俺の名前出して断っていいからな」
――元々この村でのお前をそういう風に扱っていた、俺達が言えたことではないけれど。
その言葉に、私は少し首を傾げた。物憂げな顔で見られてはいるけれど、今ひとつしっくり来ない。後半には同意するものの、そういうのは一応、元から断っているつもりだ。
「マスター、どうしてそんな不思議そうな顔をされてるんです?」
「そういう風に考えられるって、あまり思ったことがなくて……豆パンは嫌だったけど」
「俺も嫌いだ。だからとりあえず、豆パンを食べずに済む村を目指しているんだ」
私の言葉に少し、義兄さんは笑ってくれた。




