第1013話 語り部のバア様、思い出に浸る
魔女が村に来たのは、三十年ぶりのことだった。温泉以外の目立った名産もなく、ただ、時折道を使って国を越える人が通るか、村に商売をしに来る人が来る程度の小さな村。それが、この村だった。
「キーラが本当に、魔女になったとはねぇ」
三十年前に連れられて消えた子供が、二十前後の姿で帰ってきた。普通なら消えた子供の娘か、あるいは精霊か何かのいたずらを疑うのだけれど、キーラを連れて行った女は魔女だった。この子には魔女の才能があるから、という言葉を、大半は真実だと思わなかった。一人目の魔女はそう言いながらもそのまま村を去り、二人目の魔女はそう言ってキーラを弟子に所望した。
親のいない養いっ子として、キーラは村人には数えられていなかった。だから、衣食住を保障される代わりに早くから働かなくてはならなかった。貧しい村では、仕方がない。むしろよく捨ててしまわないものだと、恐らくは皆が――当人さえも――思っていたのだろう。
彼女は旅人が置き去りにした子供だったが、あの旅人がキーラの親かもワシらはわからなかった。泊まった旅人の置いて行った包みから、赤ん坊が出てきたのだ。人攫いだったのか、回りくどい捨て子だったのか、どちらなのやら。キーラという名も、当時の村長がつけたものだ。読み書きのできる彼らが名をつけたのなら、どこかに名前が書いてあったりはしなったのだろう。黒い髪に青い瞳の子供を探すような人が、村に現れなかったことは確かな事実だった。
キーラも、村に対して愛着などなかったのだろう。魔女の提案に乗って、あっさりと村から消えてしまった。
(本当に魔女になるとはねぇ。結局うまくやれなくて、帰されるかと思っていたのに)
言葉にはまだ北の訛りがあるのは、ワシらに釣られて戻りでもしたのか。男の子より短くしていた髪は、村の誰よりも伸びた。手入れをするだけの余裕がなければ、髪を伸ばしたりしない。毛先まで丁寧に櫛を通していることは、少し見ただけでわかった。だが、青い瞳の色は昔のまま変わっていない。むしろどうして、村長は妹分だと気づいておらぬのだろうか。……名乗られてないから指摘できない、とかはありえるだろう。あれで少々、内気な男だ。
「バア様、もう一杯これが欲しいわ。山の下って山羊のバターがないの。牛のバターの方が安いのよ?」
「それは構わんが、お茶請けは自分でお出し」
「はあい」
丁寧な刺繍の施された布から、ひとりでに砂糖菓子が零れ落ちる。その姿は、村娘ではなく完全に魔女のそれだった。




