第1012話 クロスステッチの魔女、昔馴染みに思いを馳せる
私が知っていた人達の半分は、村からいなくなったとバア様は語った。嫁に行った者、出稼ぎや独立で離れた者、死んだ者。養父母は死んでいると思っていたけれど、年の近かった近所の子が事故で死んでいたのは、意外だった。当時の彼は、体力自慢で死ななさそうに見えたのに。
「アレは父親から仕事を教わって、一人で森に入った時に帰って来なくてなあ。村の者達で探したら、地滑りに巻き込まれておった」
「そういえば、彼、何かと運は悪かった気がする……」
当人には悪いけれど、なんというか、心当たりはあった。言われてみると、そこまで意外ではないような気がする。次男や三男にあたる男達は、移住なり出稼ぎなりで大半が村を離れたらしい。村に残っている方が少なくて、便りはあったりなかったり。字の読める村人も少ないし、書ける人も少ないから、代筆屋に書いてもらった手紙を村長に読んでもらっているそうだ。そういえばそんな光景は、私が村にいた時から見たことがある気がする。うん、確かにそうだった。
「嫁いだ子達は? どうしてるの?」
「たまに子供を連れて顔を出した女もいれば、親を呼びつけるようなことをしたのもいるし、孫を遺して死んだのもいるさね。三十年も経ってるからねぇ」
「やっぱり本当に三十年なの?」
あの時の村の大人世代で今生きているのは、多分、四分の一もいないだろう。《輪振る舞い》の時に、老人が少なかったから。この間の冬でやっぱり、老人と赤子はそれなりに死んでしまったそうだ。去年に帰っておけば、もっと知った顔に会えたのだろう。
「村に来た魔女が、養いっ子のキーラだとわかったら、皆、もっと話を聞きたがるだろうよ」
「恥ずかしいなあ……」
気づいてほしかったくせに、とバア様には言われた。
「そうでなければ、昔にやった《語りの玉》を持っていたりはせんだろう」
「ああ、これ、そんな名前だったわね」
魔法でもなんでもない。簡単に作れる玉。物語をひとつ、習い覚えたことを表すだけの玉だ。ひとつ持っているくらいでは、弟子とも思われない。作り方だって、丸くした木に簡単な絵を描いただけ。もちろん、魔法はカケラもかかっていない。
「捨てても良いものであったし、何より、わざわざ出す必要もなかった。気づいてほしかったなら、素直にそう名乗ればよかったものを」
「忘れられてたら寂しすぎたし……」
「その手の話として、木の玉になるだけじゃ」
確かに突然消えた女が、ひょっこり帰ってくる話があったっけ。バア様が教えてくれた話だった。




