第1010話 クロスステッチの魔女、気づかれる
「なんだか、その……バレるとすごく、照れるというか、恥ずかしくなるというか」
「その青い目は、珍しいから覚えておるわ」
「え、え、どういうことなの?」
混乱した様子のサーシャや、お茶を出そうとして戸惑った様子のネエ様の様子が面白い。私は慣れた様子で椅子に座った。
「昔、村長の家の養いっ子が魔女にもらわれていったと聞いたけれど……」
「こやつがそれじゃ」
「バア様、それって三十年前って言ってなかった? 魔女さま、そんなにお年寄りじゃないよ?」
三十いくつは人間でもお年寄りとは言わないと思うよ、サーシャ。
「魔女は魔力が育てば、年を取ることをやめるのよ。だから、何百年だって生きることもできる……そうよ。私は養いっ子だった村娘のキーラ」
木の玉を見せると、ネエ様はそれで納得してくれたようだった。物語を覚える度に与えられる玉。これを沢山持っているのが、語り部の証だ。私も一個だけ覚えられたからって、玉を貰えた。
「なんで言ってくれなかったの? あのお話の養いっ子なら、お父さんの友達でしょう?」
「友達かはちゃんと確かめたことないけど、まあ、同じ家には住んでいたかな? ……ちょっと恥ずかしくて」
「気づかないとは、あやつもまだまだじゃな」
バア様が、ふんと鼻を鳴らして椅子に座る。
「まあ確かに、三十年前のあんたは髪の毛だって男の子みたいに短くて、細っこくて、かなり小さかった。女らしい振る舞いも落第だったから、早々に匙を投げられて帰ってくると思っておったよ」
「……魔女のお師匠様には最初、髪を伸ばすところと立ち居振る舞いと、言葉も全部直されました」
「その割には、発音がこちらに近いぞえ」
「う」
文字にすると差はないのだろうけれど、いくつかの言葉の発音が戻ってきている実感はあった。お師匠様に再会する前には、言葉を戻しておかないと怒られるだろうな。間違いなく。
「マスター、でも、気づいてもらえてよかったですね。心配してらしたもの」
「なんで言うかなあ!」
ルイスにバラされて、私はつい顔の前で手をバタバタと振ってしまった。ネエ様が出してくれたお茶を飲むと、昔と変わらない味がする。ちょっとだけ山羊のバターを落としたお茶は、この家でしか出なかった味だ。山の外だと牛の乳のバターが主流で、山羊の乳のバターの方が出回っていないから、この味にはならない。
「……懐かしい。この味」
「三十年どころか五十年以上、この味は変わらぬからの」
「三十年も経っていないとはおもうのだけれど」
私がそう反論すると、バア様は「たわけ、それくらい経っておるわ」と昔のように怒った。




