第1005話 クロスステッチの魔女、近況を聞く
流石に居合わせた女達の全員に石鹸を配ることは、量が足りないのでできなかった。子供にだけ渡したけれど、街に帰ったら買わないとな。……作れなくはないんだけれど、どうやったら質のいい泡になるのかはわからない。
(今度、みっちり研究してもいいかもな。自分で石鹸を作るのも、楽しそう)
残った石鹸で体と髪を洗い終えて、お湯に浸からないよう軽く結い上げた髪で浴槽に浸かる。……昔は髪も短かったから、こんなことまったくしなかったな。手入れをするところまで余裕がなかったから、容赦なく肩にかからない程度で切っていた。憧れはあったのだけれど。
お湯に浸かると、懐かしくなる。この独特の匂いは、水を温めるだけでは絶対にしない。そして、他の温泉とは少し、匂いが違った。うん、これが私にとっての「お風呂」の匂いだ。お湯だけ持ち帰って、なんとかやれないかな……でも魔法で水を増やしても、多分普通の水になって薄まるだけな気がするな。ルイス達はまた桶に入れておいて、アワユキも少し浸かっていた。また干さないと。そしてみんなの入った桶は私のそばに浮かせていたけれど、子供達は興味津々のようだった。
「ね、ね、この子たちは何を食べるの?」
「お砂糖菓子よ。魔女はみんな、魔法で作れるの」
「へえー、お姫様みたい!」
「とても贅沢ね」
子供達の言葉に、ルイスが「マスターの砂糖菓子はおいしいんですよ」と胸を張る。誰かが「食べたい!」と言って、母親らしい女に「ワガママ言わないの!」と叱られていた。その少女の方を見ると、顔に見覚えがある気がした。……そうだ、確か洗濯の時にたまに話した、顔見知りの少女に似てるんだ。母親の方の女は、彼女だとしたら少し年上すぎる気がする。姪っ子か何かだろうか。
「だって、お砂糖なんてあんまり食べられないから……お祭りみたいでいいなって」
「お祭りかあ」
今も、お祭りなんかの風習は、そのままらしい。確かに、そういう楽しみのひとつやふたつがなければ、やっていけないだろうから……そのまま続けていたのだろう。
「後ねえ、語り部のバア様にも会わせてあげる! バア様、最近寝てばっかりだけど、魔女に会えなかったら文句がもっと増えちゃう!」
「ああ、確かに。魔女様、良ければお付き合いください」
語り部のバア様、は、村では一人から一人だけに物語を口伝えし続けていたはずだ。だから、そう呼ばれるのも一人だけ。
どうせ死んでいるだろうと思っていたけれど、『最近寝てばかり』と言われると、私の知る人のような気がした。




