第1004話 クロスステッチの魔女、故郷の温泉に入る
《輪振る舞い》の食事会が終わった後、私は温泉に入らせてもらうことにした。共同の浴場は、私がいた頃と特に変わっていない。木だと傷むから、大半を石で作ってある。だから、二十年ちょっとでは変わりようがないのだ。
「前に村に来たおじさんが言ってたんだけど、村の外だとお風呂はあんまりないって本当?」
「場所によるかなあ。こういうのがない場所だと、あったかいお湯のお風呂に好きなだけ浸かれるのは、お姫様や王様の贅沢だと思われてるんですって」
「へー、なんで?」
「薪を使って、スープを煮るみたいにお水をあっためないといけないからね」
私を温泉まで引っ張っていった幼い少女は、私の言葉に不思議そうに首を傾げた。
「村の外も、お湯が湧いてるところがあるって狩人のおじさん言ってたよ? どこにでもあるんじゃないの?」
「それがねぇ、違うんですって」
ふーん、と頷きはしたものの、あまり納得はしていないようだった。当たり前に温泉に入っているから、今ひとつピンと来ていないらしい。身に覚えはあった、というか、覚えしかなかった。村を出て程なく、お風呂に入りたい、と言ったら、お師匠様には苦い顔をされたものだ。熱いお湯に浸かって体の汚れを落とす、ということが贅沢だと言われても、今でも入らないでいることはできない。魔法で水を温められなかったら、薪を年中割るか買いすぎていたところだった。でも、川の水では満足できないんだよなあ……。
「村の外には行ってみたかったんだけど、お風呂入れないのはやだなあ」
「お湯に浸かる以外のお風呂もあったわよ。暑くて蒸し蒸しした部屋で、ひたすら汗を流したりするような」
「何それ!」
私達が脱衣所――これは昔の物から建て替えられていたらしく、色や形は少し変わっていた――に服を置いて中に入ると、記憶とほとんど変わらない温泉がある。女達の視線や影が湯煙の向こうにあるのだけは、少し不思議な感じがした。
(そういえば、この村にいた頃にお湯に浸かる時……基本的に、最後の仕舞い湯だったわね)
やることが沢山あったから、どうしてもそうなってしまうのだ。掃除に洗濯に料理をして、たまに薪を割って、寝室の用意に布団を振るって、それが終わってからのお風呂。それはそれで、後は寝るだけという開放感が楽しかったのだけれど。
「この石鹸使ってみる?」
「いい匂い! やりたーい!」
案内のお礼に、少女に私の石鹸を少し分けてやった。村の石鹸より、すごく泡が出た。




