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クロスステッチの魔女と中古ドールのお話  作者: 雨海月子
44章 クロスステッチの魔女と彼女の故郷

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1003/1069

第1003話 村長、既視感を覚える

 永久に去っていった人間のことを、覚え続けておくのは簡単ではない。村にやってきた《生者の義務》を終えたという魔女の髪と瞳の色は、養いっ子だったあの子供に似ている気はしていた。


「今日は泊まるのー?」


「ええ。休ませてもらえそうな場所はある?」


「うちに来てよー」


 普段はどちらかと言えば人見知りをするはずの娘が、あっという間に魔女に懐いていた。自分の布の人形を見せて、拙い話をしている娘のそれを、キーラと名乗った魔女は頷いて聞いてくれている。


(キーラ、……キーラ、か。この辺りの名前だけれど、あの子の名前はなんだったか……)


 魔女に連れられて行ってしまった、あの養いっ子のことをまた思い出す。確か、髪と目の色はあんな感じだったはずだ。だが、名前は覚えていなかった。『おい』『あれ』『ちっちゃいの』とばかり、呼んでいた気がする。今にして思えば中々にひどい話だが、当時の自分が考えていたことを紐解くなら……扱いあぐねていた、になるのだろうか。

 直接話したことは、あまりなかった。色のついた小石だの、鳥の羽だの、自分にはわからないものを集めていた子供。いつも水汲みだの洗濯だの、仕事が沢山あったはずなのに、一体どうやって集めていたのかが不思議だった。


「魔法を見せてー」


「見たい、見たい!」


「そう? じゃあ、パンのおかわりを出す魔法を見せてあげるからね」


 魔女はそう言って、丁寧な刺繍の施された布を出してきた。そこに何かをしたと思うと、村でも中々食べられないような真っ白いパンが現れる。いとも簡単に数個それを出して、彼女は皆にそれを振る舞ってくれた。


「これ、お豆入ってないねぇ。すごい、真っ白いパンだ!」


「豆パンじゃないよお、もちろん」


「おいしくないもんねー」


 やっぱりあの養いっ子か、その娘なのだろうか。黒パンも乏しくなって、食べるものが豆パンくらいしかなくなった時、普段は好き嫌いをあまり表に出さない彼女が目に見えて嫌そうな顔をした時のことを、唐突に思い出した。あれは本当においしくなかったから、一口齧ったそうなるのも、仕方のなかった話ではあるけれど。豆パンを誰にも食べさせないように努力はしたが、今年の冬にはそうさせてしまった。おかげで、子供達も豆パンは嫌いだ。


「それで、ええと……この村に来た目当ては、温泉でしたか」


「そう。入ってもいい?」


「いいですよ。他の者も入りますが、それでも構わないのならいつでも」


 振る舞いの後に、彼女は早速入るつもりらしい。

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