次の行き先
次の日の朝、ミューはミトラの部屋のドアをノックしていた。いつも基本的には早起きで、睡眠時間も短めなミトラが珍しく朝食に起きてこなかった。
(何かあったのかな?)
何回かのノックの後、中からドアが開いた。
「ミトラ?大丈夫?」
寝起きのぼーっとしているミトラなんて久しぶりに見たかも・・・と思って見ていると、ミトラと目が合って腕を優しく引っ張られた。
ドアが閉まると同時に彼の腕の中に収まる。
「どうしたの、ミトラ?」
ミューを抱きしめたまま、
「何でもない、ただ朝こうして君が俺を起こしにきてくれるなんて夢みたいだなって思っただけ。」
と言って、ミューの額に口づける。
ここ数日の慣れない甘さに、ミューは動揺するばかりだ。
ミトラがスッと身体を離し、ミューをベッドに座らせた。
「ごめん、つい嬉しくて。」
「ううん、いいの。私もミトラが側にいてくれて嬉しい。」
「うん。」
ミューはそれで、と話を切り出す。ミトラは隣に座る。
「日記のこと、聞きにきたんだけど、どうだった?」
「君も読む?」
ミトラはテーブルにあったその日記を手渡した。
「読んでいいの?」
「うん。でも辛い気持ちになるかもしれない。」
「そうなんだ。わかった、読んでみる。読み終わったら三人で話そう。それと、次の目的地なんだけど、もう一度王都に行こうと思ってる。」
ミューのその言葉にああ、と声を上げる。
「図書館、行ってみる?特別室も俺が一緒なら入れるよ。」
「いいの?ありがとう!」
嬉しそうにミューが微笑む。ミトラは思わず髪を撫でた。
「ミトラ!?」
「まだ慣れない?」
「そ、それは、だって」
「俺もまだ緊張する。」
「え?」
ミトラは優しく微笑んで言った。
「だって、どれほどの時間俺が、君にこうして触れるのを我慢してきたと思ってるの?」
ミューはミトラのこれまで重ねてきてくれた自分への想いを感じ、胸がいっぱいになる。
「・・・うん」
それしか言えなかったけれど、ミトラはただ嬉しそうにもう一度髪を撫でた。
ミューが日記を受け取りミトラの部屋を出ると、目の前を美しいブルネットの髪を靡かせた女性が通り過ぎていく。女性が去った後の廊下には、ほのかに甘い香水の香りが漂っていた。
ミューは、いい香りね、と呟きながら自分の部屋に戻り、日記を開いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ざっとではあるが日記を読み終わり、お昼近くになっていることを確認してミューは部屋を出た。
ライラメアの部屋に行き、荷物をあらかた片付け終わった彼女を誘って昼食を食べに外に出る。
「ミュー様、明日以降この辺りは少し冷え込むそうです。私は明日隣の街にある星宮から帰りますが、どうか無理はなさらないでくださいね!」
ライラメアの優しい気持ちに、心が温まる。
「ありがとうライラ。あなたも寒がりなんだから体調には気をつけて!あ、でも向こうはまだ夏だものね。」
「はい、それだけが今の私の救いです・・・」
寂しそうに話すライラメアに「手紙を書くからね」と言いながら何度も元気づけ、なんとか嬉しそうな笑顔をもらうことができた。
彼女を宿に送り届け、少し離れた場所で立ち止まって空を見上げた。薄く鱗のように広がる雲が、高い空に浮かんでいる。この美しい空の下で出会ったたくさんの人達のことを思い出す。
そして自分のことを大切に思ってくれている人がたくさんいることも。
(ライラメアのためにも、アレイディアの未来のためにも、私は必ず生き抜いて、私に付き纏うこの恐ろしい呪いを必ず取り払ってみせる)
新たな決意を胸に、ミューは再び歩き始めた。