ミトラの災難
「はい?今何と仰いました?」
アレイディアは、宿の小さな食堂のテーブルでミトラと顔を突き合わせ、彼が驚愕するであろう報告とお願いをしてきた。ミトラはとんでもないその内容に、耳を疑う。
「え?ですから『ちょっと首筋にキ」
「それじゃありません!いやそれも問題ですがその前!」
ミトラが珍しく動揺している。アレイディアはその様子を物珍しそうに眺め楽しんでいる。
「『ぜひお二人の旅に同行させていただきたい』」
「・・・もっと前です」
アレイディアはニヤッと笑う。
「『彼女と永遠に一緒に生きられるようになりました』?」
ミトラは頭を抱えた。
「どうしてそんなことになっているんですか!?」
「え、だから俺が追い込んで彼女の首筋にキ」
「それはもういいです!そうじゃなくて・・・ああもう!」
ミトラがサラサラと流れるような銀色の髪をかきあげた。
「どうしてそんなことをしたのかと聞いている。」
本気の怒りモードのミトラが力を放ち始め、アレイディアの精神を圧迫し始める。
「おっと、まあまあ落ち着いて!うーん、そうだなあ、理由は俺と彼女との秘密ってとこかな。あんたに言う必要も無いしね。」
「・・・ほう。」
これはあんまりふざけていると命がいくつあっても足りないなという殺意を感じ、アレイディアは素直に理由を伝えた。
「・・・あんたを敵に回したい訳じゃない。俺は単純に彼女に生き急いで欲しく無かっただけだ。幸せになって欲しいんだ。もし彼女があんたを選ぶんならそれでいい。でもあんたが腑抜けた言動を取るなら俺が彼女を奪う。そうじゃないなら最後まで、彼女の幸せを応援するよ。」
ミトラが疑うような目で見る。
「俺は彼女が解決策を見つけて本当に幸せになるためのお守りだよ。まあそういうことだから、引き続きよろしくお願いしますね、ミトラ殿?」
アレイディアはそう話すと、失礼しますと言ってその場を離れた。
(いったいあいつと何があったんだ・・・)
ミトラはただただ不安になり、ミューの部屋に向かう。
「ミュー、入っていい?」
ミトラがドア越しに声をかける。ミューがはあいと言ってドアに近付く音がした。
ドアが開き、彼女の嬉しそうな顔を見てついミトラも微笑んでしまう、が、彼女の首筋を見てその笑顔が固まった。
「ミュー、それ・・・」
首筋にある赤いあざが、思った以上に目立つ。見るのもそれについて話すのも嫌になり、そのままミトラは黙ってしまった。
「え?ミトラどうしたの?何かあった?え、どれ?」
ミューは意味がわからないといった様子でオロオロしている。ミトラは彼女をそっと押しながら部屋に入りドアを閉めた。
「?」
「ミュー、鏡を見て。」
「鏡?ちょっと待って。」
「・・・」
「・・・あっ」
ミューが部屋の中にある鏡台で自分の姿を確認し、状況に気付き真っ赤になった。
「これはその、何というかえと・・・」
ミューは、どう足掻いてもミトラの機嫌を損ねることしか言えないことに気付き、それ以上言葉が紡げない。首筋を押さえて真っ赤な顔でミトラから目を背けるミューに、無性に腹が立って乱暴に抱きしめた。
「!!ミトラ!?」
「何赤くなってるの?そのキスマークをあいつが付けたことはもう知ってる。その後の事情も聞いてるし君が抵抗したことも知ってる、でも駄目だ。俺はそれを受け入れられない。」
抱きしめたミューの肩に頭を埋めて嫉妬の心をミューにぶつけてしまう。
「ミトラ・・・嫌な思いをさせて、ごめんね?」
「・・・俺こんなに嫉妬深かったんだな。ミューのことを誰にも触られたくない。手も握ってほしくない。それがまさかの首って・・・しかもあいつ・・・!」
ミューはミトラの頭を優しく撫でる。
「うん、ごめんね。気をつけるから、ね?」
「・・・俺にも付けさせて。」
「!?こ、今度ね?」
「今度っていつ?また予約?」
「えっと、この旅が落ち着いたら?」
ミトラははああ、と深くため息をつき、ミューから離れた。首筋に治癒をかけ、あざを消し去る。
「今日はこれで我慢する。本当に君は、少しは自分が魅力的だってことを自覚して。」
ミューは上目遣いで反論する。
「何よ、ミトラだって今までどこに行っても必ず女の子たちに追い回されてたくせに!」
初めて自分に素直に向けられた小さな嫉妬とその瞳に、ミトラは心を鷲掴みにされたように切ない笑みを向ける。
結局ミトラは再び彼女をギュッと抱きしめて、彼女が真っ赤になって押し返すまで、キスと、『俺は君しか見えていないよ』という甘い言葉を繰り返した。