アレイディアの葛藤
ミューが突然車を飛び出していってしまってから、ヒムノ村まで一度も止まることなくレンネ達は逃げるようにして走っていった。よほどの恐怖を感じたのだろう、到着してからも落ち着かせるのが大変だったようだ。
アレイディアはどうにかしてミューの元に戻りたかったが、どのレンネも怯えていて森に入ろうとすると暴れてしまい、全く捜索に向かえなかった。
「コーラル様、私の方でも天力で動く車を探したのですが、駄目でした。」
移動手段を探していたライラメアが、青ざめた表情で戻ってくる。
「仕方ない、歩きで向かうのは危険すぎる。朝まで待とう。」
アレイディアは自分の不甲斐なさを噛み締めながら、森のある方を見つめていた。
「コーラル様、何か音が聞こえます!」
「ミューか!?」
二人が微かな音に気付きそちらを凝視していると、一頭のレンネが男女二人を乗せてこちらに向かってくるのが見えた。
「あれは、ミュー?・・・とミトラ殿?」
アレイディアの顔が険しくなる。ライラメアは思わず彼らに走り寄り、ミューの無事を確認した。
「ミュー様!よかったご無事で・・・!!」
泣きそうな声でミューに近寄るライラメアを見ても、ミューは微笑むことすら難しそうだった。
「申し訳ない、彼女は今相当体力を消耗している。まずは宿に連れていって休ませてもいいだろうか。」
ミトラは疑問の形で話しながらも有無を言わさぬ迫力で、ライラメアを無言で頷かせた。
「ミトラ殿、宿はこちらです。」
アレイディアは無表情で顔を背け、二人を宿へと案内した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿に到着すると、ミトラはさっさと部屋に入り、ミューをベッドに休ませた。そしてライラメアに「側についていて欲しい」とだけ伝え、すぐに部屋を離れた。
アレイディアはその姿を追う。
「ミトラ殿。」
ミトラはゆっくりと振り向いた。表情からは何も読み取れない。
「はい、何でしょうか。」
アレイディアは一つ深呼吸をしてから話し出した。
「いったい森で何があったんですか?あなたは、どうしてここに・・・」
ミトラは視線を合わせることなく答える。
「まず、森で何があったかはまだ聞いていません。明日回復したら聞いてみます。それとなぜここにいるかですが・・・」
アレイディアの顔を冷たい目で見つめる。
「それは私の方がお聞きしたい。私がミューと一緒にいるのは当たり前のことです。ですがあなたはなぜ彼女と旅をしているのです?ゾルダークの件はもう終了したはずですが。」
アレイディアは一瞬言葉に詰まる。
「陛下からの命で、お守りしていました。」
「なるほど、リンドアーク王はやはり彼女から何か話をされていて、行き先もご存知だったのですね。」
「はい。ですが、結果として彼女を守れず、申し訳ありません。」
ミトラは一瞬考え、口を開いた。
「ああ、彼女を守ってくれと頼んだことはありません。私は以前あなたに『目を離さないでくれ』と言ったんです。王にすら、守って欲しいとお願いしたことはありません。」
アレイディアは訝しげな表情でミトラを見る。
「彼女は守らなければならない人がいれば、自分を危険に晒すことはない。その人のために必死で生き残ろうとするでしょう。でも彼女はある理由で生き急いでいる。誰かが目を離せば、そして機会があれば・・・無茶をしてこうなることはわかっていたことなんです。」
ミトラはさも何でもないことのように言った。
「どう言うことだ?生き急ぐって・・・彼女は何を背負っているんだ!?」
「あなたに話す必要はありません。」
二人は睨み合うように立っていたが、ミトラがそれに終止符を打つ。
「あなたに彼女は守れない。以前も言ったように、これ以上あなたに付け入る隙を与えるつもりはありません。」
そう言って、ミトラはその場を去っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
真夏のリンドアークからやってきたアレイディアにとって、ここヒムノの村は秋というより冬のような肌寒さを感じる。
ゼンデルで購入したコートを羽織り、ほとんど明かりの無い暗い夜道を歩いていく。
部屋にいるとどんどん自己嫌悪や彼女への想いで煮詰まってしまうと思い外に出たが、結局中でも外でも、考えることは同じだった。
(これからどうする?)
ミトラが来た以上、自分が彼女の側にいる意味は無い。そもそも彼女を守れるだけの力は無いし、むしろ自分を守らせてしまい、彼女を危険に晒すだけの存在だ。
(それでも、彼女の側にいたい)
彼女に幸せになって欲しいという気持ちも嘘では無い。それでも一緒にいた時間が心地良くて、あのふざけたやりとりすら愛おしくて、離れ難い。
(どうしたら一緒にいられる?どうしたら彼女を幸せにできる?どうしたら・・・)
アレイディアは結論の出ない答えを探して、ただ夜道を彷徨っていた。