再会と本音
突如、ここからそう遠くない場所に雷が落ちた。一瞬の静寂の後、ドドドーン!!という物凄い地響きと音がこちらまで伝わってきて、ミトラは動きを止めた。
「曇ってもいなかったのに、突然雷?」
木々が邪魔して見える部分は狭いが、特に雷が落ちそうな雲はかかっていない。明らかに異常事態だ。胸騒ぎがする。
「まさか、ミュー?」
ミトラはかなり怯えていたレンネをどうにか落ち着かせ、雷が落ちたと思われる方向に急いで向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うっ・・・」
ミューは先ほどの爆発に巻き込まれて数メートル吹っ飛ばされてしまった。そこは少し坂になっており、そのまま下に転がり落ち、しばらく気を失っていたようだ。
(痛い・・・どこか折れてるわね・・・)
力を振り絞り自分に『治癒』をかけるが、完全には動けない。痛みは少し引いたものの、体力、精神力の低下が、彼女の回復を妨げていた。
(まずいな・・・でももしかしてこれで私、今度こそ全部終わらせることができるのかな)
ミューは目を閉じる。
あの日叶わなくなった願い、自分が死ぬことであの力も消えるかもしれないこと・・・
だからミューは無茶をしてきた。誰かを救うためならば生き抜くしかなかった。でも、もし自分が「老い」以外で死ぬことが可能で、それによって禁忌の力がこの星から消失するとしたら?
(ミトラはそれがわかっていたから、私に無茶をさせたくなかったんだよね)
少しずつ日が落ちて森は暗くなっていく。寒さも増してきたがあまり『熱』を強く使うことはできない。ミューが少し身動きをすると、乾燥した葉がカサカサと音を立てている。もし万が一燃え移ったら・・・
ミューはそのまま、もう一度意識を手放した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ミトラはレンネを降りて静かに耳を澄ませ、辺りの気配を探る。
何も人影は見えない。
(気のせいだったのか?ただの雷?)
その時少し離れたところから、カサカサ、という音が微かに聞こえてきた。動物か?と思い身構えるが何もいない。
音のした方に歩いていくと、崖とは言わないまでも、少し下り坂になっている広い場所があった。ただ、日が落ちてきたため暗くてよく見えない。
ザザ、と足を滑らせながら坂を降りていく。そして、大きな一本の木の陰に、その待ち侘びた姿が、あった。
「ミュー!?」
木にもたれかかるように倒れているミューに、急いで駆け寄る。
「ミュー、ミュー!?しっかりしろ!起きてくれ!!」
ミトラの必死の呼びかけにも全く反応がない。
『治癒』をかけて様子を見る。怪我などは治ったようだが、体力がもう限界だったのだろう。そのまま彼女を抱きかかえ、落ちないようにレンネに乗せて、ヒムノ村を目指した。
一時間ほど歩いたところで小さな洞窟を見つけた。ヒムノ村までこのまま徒歩で行けばかなり時間がかかってしまう。
ミューを一旦洞窟に下ろし、持っていた服などを敷き詰めてその上に寝かせた。
(誰か同行していたとあの店員は言っていたから、もしかしたら彼女の捜索に出ているかも知れない)
もしこのまま目を覚まさなければ、レンネを置いて流星宮に転送させるしかないが、とミトラは考え、ミューの顔を見る。
(いったい何があったんだ?)
少し汚れている頬を、ハンカチで優しく拭った。
(ミュー、君はいつも俺を置いて、無茶ばかりする)
そっと頭を撫でて、額にキスを落とす。洞窟の外に目をやると、もうそこは暗闇に包まれていた。
そして、ミューがゆっくりと目を開けた。
「え・・・ミトラ・・・?」
ミューの消え入りそうな声に、洞窟の外を見ていたミトラが、はっとして振り向く。
「ミュー!起きたのか!?」
いつもは冷静沈着なミトラの顔は、心配と疲れとほっとした気持ち、全部がごちゃまぜになったような、感情に溢れた表情を見せていた。
「良かった・・・どこか痛いところはある?」
「ううん、大丈夫。ミトラが治してくれたんだね。」
「うん、心配した。」
「ありがとう。ごめんね。」
ミューは少し身体を起こしてもらい、洞窟の壁に背を預けて目を閉じた。
「ミュー。俺は決意を持って君を探してた。今から俺は、できるだけ今まで避けてきたことをする。」
ミューの目は閉じたまま、長いまつ毛だけが揺れる。
「体力がまだ戻っていないのは承知している。でもこの機会を逃したらまた自分を抑えてしまいそうだから、ごめん。」
「ミトラ。言いたいことがあるんでしょう?」
「うん」
彼女は目を開けた。
「全部話して?」
ミトラは苦しそうにミューの手を握りしめた。
「ミュー、どうして君はいつもそうやって一人で全部背負おうとするんだ!なぜ俺には頼らない?アレイディアにも、ゾルダークの時の君の仲間たちにも君は思い切り甘えて思い切り心を開くのに、なぜ俺にはそうしてくれないんだ!?俺は、そんなに頼りないのか?ミューにとってどうでもいい存在なのか?俺は君が口に出せない願いを抱える限り、君に想いを言葉で伝えることも我慢していたのに・・・」
ミトラは一気に感情を爆発させて、自分の額をミューの手に押し付けた。
「こんなに、君を想ってるのに・・・」
くぐもった声が手の向こうから聞こえて、ミューは胸が締め付けられた。
「ミトラ」
「・・・」
「私達、こうして気持ちをぶつけ合うのは二度目だね。」
「君は何も俺にぶつけてこない。」
「うん、怖かったの。そんなことをしたらまた願いを口にしちゃうんじゃないかって。でも少しずつ、そうする。」
ミトラがようやく顔を上げた。その瞳がミューの心の中にたくさんの甘く切なく苦しい想いを伝えてくる。
「今まで本当に、ごめんね。私達はこれからもっとたくさん話そう。もっとたくさんケンカしよう。ミトラ、私は大丈夫だから、いつも本音を教えて?」
ミトラがふわっと、柔らかく優しくミューを抱きしめた。
「今度こそ君から離れない。ミューとずっと一緒にいたいんだ。管理者としての俺の姿の方がミューにかっこよく見えていたとしても、俺はかっこ悪くてもいいからミューの側にいたい。俺ばかり願いを口にしてごめん。でも頼むから、お願いだから!俺から二度と離れないでくれ!!」
最後の言葉はミトラの心の叫びとして、ミューの中にいつまでも響き渡っていた。
「うん、ミトラ。一緒にいよう。」
ミトラが少し体を離し、ミューを見つめる。
二人は互いに引き寄せ合うように、唇を重ねた。