フララの花売り
フララの街に到着し、レンネを預かってくれる業者に依頼を終えた。街自体はそれほど大きくないが、街に入る前に見た広い丘にはいくつもレンネを引き受けてくれる牧草地があるそうで、しばらくはそこに預かってもらうことが決まった。
宿は、他の家々と同じように古ぼけた橙色の煉瓦造りの建物となっており、ミューは外からそれを見上げては「なんかいい!」と喜んでいた。
「はいはい、気に入ったのはわかったから中に入ろう。後でゆっくり街は見て回れるから。ね?」
子どもをあやすように言うアレイディアの腕を軽くはたき、ミューはぷいと横を向いてライラメアの方に行ってしまった。
「全く、相変わらず可愛いな。」
アレイディアは鞄を肩にかけ、二人の後ろを歩き宿に入った。
ミューとライラメアは同室、隣の部屋にアレイディアが宿泊することになり、荷物を置いてまずは階下の食堂に向かう。
すでにお昼時は過ぎていたため人はほとんどおらず、三人は大きなテーブル席にゆったりと座ることができた。
「今日はまださすがに現れないかしらね。」
「そうだな。曲がりなりにも婚約者がいるんだ。少しは彼女と時間を取って過ごすだろう。」
「コーラル様、そんなこと仰ると何だかすぐにやってきそうで怖いですよ。」
「・・・」
三人全員がその瞬間、
(あいつならやりかねない!)
と思ったことはお互いに知らない。
その日は結局ボリスというその男は現れず、街に出ることもないままそれぞれが旅の疲れを癒した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝は快晴となり、ミューはかなり早起きして外に出る。まだライラメアは眠っていたので、起こさないようそっとドアを閉めた。
廊下に出た瞬間
「おはよう、早いね。」
と声をかけられ、起き抜けの心臓が強く動き出した。
「び・・・っくりした!もう、朝早くから驚かすのはやめてアレイディア!」
ミューの言葉に小さな笑みを浮かべる。
「そんなつもりはなかったけど。ところでこんな早い時間にどこに行くのかな?」
アレイディアに見張られていたのかとミューは不審そうな顔をする。
「見張ってなかったと言ったら嘘になるかな。でもまあ、この際気にせず、早朝デートをしよう!」
「ええ・・・・?」
「ひどいな、なんでそんなに嫌そうなんだ!」
「いえ別になんでもございませぬ」
「それ、その変な敬語はやめてくれ!」
二人は朝からふざけ合いながら、宿の外に出かけていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
外に出てみると、街は朝ならではの活気があった。人々が外で働き、たくさんの荷物が行き交う。そしてミューはある店先の前で足を止めた。
「花屋さんかしら?でもまだ準備中ね」
店の入り口は少し開いていたが、看板や外に置く予定に見える花々はまだ店内に置いてあるようだった。すると中から、大きな鉢植えを持って歩いてくる女性の姿が見えた。彼女はこちらに気付くと元気に挨拶をする。
「お客さん、早いですね!でもまだ開店してなくて・・・あと三十分位は待ってもらえると嬉しいんですけど・・・」
とても可愛らしい顔立ちの若い女性が、鉢植えを地面に置きながら申し訳なさそうに声をかけてくる。ミューは特に買うつもりはなかったが、ふと奥に見えたある花に目を留め、「じゃあまた後で来ます」と伝えてそこを離れた。
「何か欲しい花でもあった?」
アレイディアが店を振り返りながら聞いてくる。
「うん、似ているだけかもしれないけど、流星宮にも咲いている花があったような気がしたの。」
ミューが切なそうにそう話すと、アレイディアは突然ミューの手を握りしめ、
「今は俺とデート中!あいつのことは今くらい忘れててくれ。」
と言ってミューを再び驚かせた。
「アレイディア!?」
「さあ行こう、ミュー。」
「ちょっと!」
ぐいぐいと手を引っ張りながら、アレイディアに連れられて結局宿に戻ることになった。