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星降る夜に君の願いを  作者: 雨宮礼雨
第二章 過去への旅立ち編
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テラトラリア③

 王都を離れるにつれて自然が多くなり、次第になだらかな丘陵地帯に入った。ぽつぽつと建物はあるが、どうやら家畜を飼育するための畜舎のようだ。


 その穏やかな風景を超えると、目に鮮やかな美しい田園地帯が現れた。そして道のその先に、小さく固まるように可愛らしい色合いの煉瓦造りの家々が立ち並んでいるのが見えた。


「見て、ライラ!煙突があるわ!何だか昔見た外国の風景みたい・・・」


 ライラメアは不思議そうにミューを見る。


「外国、ではありますね。でも割とどこも田舎の方は似たような景色が多いですが・・・」


「ああ、そうね・・・変なこと言ってごめんなさい!」


(何かすごく懐かしい気持ちが蘇った気がしたんだけど・・・)


アレイディアはチラッとこちらを見たが、すぐにまた窓の外に目を向けてしまった。


「あの家が集まっている所がフララだと思うよ。小さい街だから宿は一つしか無いらしい。そこの宿の一階の食堂は、宿泊客以外も入れるようになっているから、例のボリスという男とはそこで待ち合わせている。王都にある自宅に寄ってから向かうと言っていたから、そのうち現れるだろう。」


 アレイディアが少し不機嫌そうな顔でそう言った。


「アレイディア、なんか怒ってる?」


 ミューがおずおずとご機嫌を伺う。アレイディアは慌てて手を振った。


「ああ違う違う!あの男と話した時のことを思い出して、ちょっと腹が立っただけ。悪かった!」


 困ったような笑顔で言うのでミューとライラも安心する。


「そろそろ着くわね。栞のこと、何かわかるといいんだけど・・・。」



 そこからまたしばらく車に揺られて、ついに三人はフララの街に到着した。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ミトラは先ほど暴れていた男と向き合って座っていた。まだ特殊な縄によって拘束されたまま、男は固い木の椅子に座らされている。顔色はかなり悪く、じんわりと汗もかいているようだ。


「少し落ち着いたかな。」


 ミトラが静かな声で話しかけた。


「はい、本当に申し訳ありませんでした。」


 男はオルシエルという五星で、テラトラリアで近衛兵をしているのだと語った。ミトラは少しの間彼の様子を観察していたが、彼と目があったところで質問をし始めた。


「なぜこんなことを?」

「それが・・・実はあまりよく覚えていないのです。」

「どういうことですか?」

「知人から本を借りて帰っている途中に、こちらの星宮の前を通りかかりました。その時手に持っていた本から何かが落ちたことに気付いて拾ったんです。それに触れた瞬間から怒りが湧いてきて止められなくなり、気が付いた時にはこちらに火を・・・本当に申し訳ありません。」


 オルシエルは縛られたままの身体で頭を下げ、項垂れている。


「本から落ちたものは何だったのですか?」


 ミトラの言葉に反応し顔を上げる。


「はい、それが握りつぶすように持っていたようで、少し折れてしまったのですが・・・」


 そう言って手のひらにまだ握られているそれを、どうにか見せようとする。ミトラは席を立って、縛られて動かせない彼の手の中にあるものを確認する。


「何だろう、栞か?」


 それは薄い木の板のようなものでできた物体だった。割れてしまっていて原型はわからないが、大きさと形から見て栞に間違いない。よく見ると小さな黒い石のようなものが張り付いているようだった。


 実際に手に取ってみると、何かわからないが不穏な感情が巻き起こる感覚を覚えた。


「これは・・・」


 部屋の隅に置かれていた彼自身の鞄の中から、透明な液体が入っている小瓶を二つ取り出す。ミトラは一本の小瓶の蓋を開け、その栞らしき物に液体を振りかけた。


 何の音も光も無かったが、明らかに石の色が変わったように見えた。


「あれ、苦しくない・・・?」


 ミトラの頭の上からオルシエルの不思議そうな声が聞こえてきた。ミトラは素早く立ち上がり彼の前に立つ。もう一本の瓶の蓋も開けて、「これを飲んでください。」と、オルシエルの口元に近付けた。


「え!?これは?」

「これはあなたの身体を癒すための水です。ご心配でしたら私が一口飲みますよ。」

「いえ、大丈夫です。星守様は嘘がつけませんから。」


 そう言ってオルシエルは大人しく口を開け、ミトラが注いだ水を飲んだ。


 数分もしないうちに彼は明らかに体調が良くなり、先ほどよりも落ち着いて見えた。


「ありがとうございます!」

「いえ、お元気になったのなら良かった。もう少ししたら調査兵が派遣されてくると思いますが、少しでも情状酌量されるよう、私の方からも事情を話しておきましょう。」


 ミトラはドアを開いたが、思い立ったかのように足を止めて振り返った。


「ただし一つだけ。あなたは不運にもその栞を手に入れてしまい、今回の事件が起こってしまいました。」

「?・・・は、はい。」

「それでも、ここまでの事態になってしまったのは、あなたの心にあった思いが原因です。」

「えっ」


 ミトラは顔を背けてオルシエルに告げる。


「あなたの心の中に、怒りを爆発させて誰かを傷付けたい、と思う気持ちが無ければ、あなたはただ体調が悪くなっただけだったはずということです。それだけは理解しておいてください。」


 そしてミトラはそのままその部屋を静かに出ていった。オルシエルはもう声も出せず、ただ黙って繰り返し頭を下げていた。





 先ほど使った小瓶の中身はただの水、ではない。


 以前リンドアークでミューとアレイディアが巻き込まれた、というよりミューが自ら巻き込まれにいった事件の際、彼女から聞いていた泉の水だ。


 今もまだこんこんと湧き出でる清涼な水は未だミューの浄化の力が保たれているとのことだったため、最近はできる限り多く小瓶に入れ、安全な防腐処理を施した状態で持ち歩いている。


(これがまさかこんな場所で役立つとは思わなかった)


 そして、離れているミューを想う。


(必ず見つける。どこに行こうと。)



 ミトラはその足で、ゲンジュのところへ事情説明に向かった。


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