船上の事件
翌朝は薄曇りの穏やかな天候で、ミュー達はのんびりとした船旅を満喫していた。
「そういえばミューはテラトラリアのどこを目指してるの?」
外を見ながら座れるちょっとしたスペースで、三人の今後の予定を確認する。
「ええと、まずはかなり昔、ある管理者様が生まれた村がこの国にあるらしいので、そこに向かうわ。」
「ああ、そこはもしかしてヒムノという村かな?」
ミューは驚いて思わず隣のアレイディアの手首を掴む。
「・・・ミュー、本当に君は・・・」
「あ、ごめんなさい!でも、村の名前知ってるのね?どんな話が伝わっているか知っている?」
ライラメアがそこなら、と話に加わる。
「確か『光』と『変化』を持つ、アミル様に並ぶ管理者様がお生まれになった場所、だったと思います。」
アレイディアが頷く。
「そう。でも肝心なその管理者の名前が知られていないんだ。どうも突然いなくなってしまったらしくて、管理者の責務を果たせなかったってことで、不名誉な名前だと言われ公式文書から消されたらしい。」
ミューは考え込む。
「名前が伝わっていない・・・」
「詳しく知りたいなら、陛下に頼んでテラトラリアの王にお願いしてもらって、王立図書館の特別室で調べればよかったのに。」
アレイディアが不思議そうに尋ねたので、
「あそこは・・・ミトラが入れるから。」
ぼそっとそう答えると、ああ、と言ってアレイディアは腕を組んだ。
「それでいったいどうしてそんな、遥か昔に存在していた管理者様のことが知りたいんだ?」
「それは・・・」
ミューが言い淀む。
「ミュー。」
アレイディアが怒ったような顔でミューを見る。
「ゾルダークの件、俺にまだ話していないことがあるね。」
「!」
顔色が変わったミューを見て、ライラメアが彼女を守るように手を広げた。
「コーラル様、ミュー様をいじめないでくださいませ!」
「いや、これはいじめている訳ではなく・・・」
アレイディアがオロオロし始めたその時、船内から叫び声やどよめきの声が聞こえた。
「え、何今の声?」
「食堂ですね、行きますか?」
「行こう!」
三人は声が聞こえた方に急いで向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人がざわざわと集まってきている方に向かうと、そこは昨夜三人で食事をした大きな食堂だった。人だかりの向こうに男性と女性の姿が見える。
ガタン!ガタン!!という大きな音は、食堂内の椅子や机を薙ぎ倒しながら揉めているせいだった。
女性の方が凄まじい形相で大きなナイフを持って男性に襲い掛かっている。男性はかなり体格も良さそうではあるが、彼女の勢いに完全に押されてしまっているようだ。なんとか腕を掴んで攻撃を防いでいる。
「アレイディア、押さえつけられる?」
「ああ、すぐに。」
アレイディアは狙いを定め、女性を『重力』で押さえつけた。それでも両手を床に付き、まだ動こうとしている。
「ライラ、私が指示を出したら彼女を支えて!」
「わかりました!」
ミューは急いで押さえつけられている女性の元に近寄り、額に触れて浄化をかける。少しずつ表情が緩んでいき、彼女が『重力』に負けて床に倒れそうになる。
「ライラ!」
「はい!」
ライラメアが倒れ込んだ女性を支え、アレイディアは力を止めた。ミューがナイフを取り上げて離れた場所に置く。
「もう大丈夫ね。」
女性の顔色がだいぶ良くなっている。
「エルナ!?」
襲われていた男性が我に返り女性に駆け寄ってきた。ミューは少し横に避けて、彼に事情を聞くことにした。
「あの、いったい何があったんですか?」
男性は憔悴しきった顔でミューを見上げ、手紙を読んでいたんです、と告げた。
「僕は、エルナ、彼女の婚約者なんです。その、お恥ずかしい話なんですがちょっと前にその、別の女性と、少しその、仲良くなりまして。」
ミューは、ん?と首を傾げる。雲行きが怪しい。
「その子から旅に出る前に手紙をもらったんですが、鞄の奥にしまって置いたら・・・どうやらその、今日彼女がこっそり読んでしまったみたいで・・・」
(なぜ婚約者と旅行中にそんな手紙を持ってきたんだ!)
と、三人全員が心の中で突っ込む。
「それで、彼女物凄く怒って、この有様なのです・・・面目ない。」
ミューは呆れながらも一応確認する。
「その手紙、あなたは開いていないんですか?」
「ええ、その、思い出に持っていようと思ってはいたんですが、読んでしまうと心が揺らぎそうで・・・」
アレイディアが心底受け入れ難い!という顔で眺めている。
「ではその手紙は彼女しか見てないんですね?」
「はい、たぶん。」
「見せていただくことはできませんか?」
「え?でも・・・」
「手紙の文章は読みません。封筒の中にその手紙以外の何かが入っていないかを確認したいのです。」
「わ、わかりました。たぶん彼女のポケットに入っていると思うのですが。」
ミューは急いで上着のポケットの中を探った。そして―――
「あった!」
それは指先で触れてわかる、あの感覚だ。暗くて深い、闇に誘う感覚。
ミューは目にはしないまま浄化をかける。
そっとポケットから取り出して封筒を逆さにすると、ポトッと何かが床に落ちた。
「おい、これ・・・」
「あの栞だわ!」
それは、ウェンデルの部下と名乗っていたあの従者が持っていたものとほぼ同じものだった。以前は固い紙でできているのかと思っていたが、よく見ると薄く弾力のある木の板に、前回のものと同じように小さな石が埋め込まれるようにして張り付いている。
「どういうこと・・・?」
ミューはしばらくその栞から目を離すことが出来なかった。