真実の一端
ウシュナはミューを抱き抱え、愛おしそうに額にキスを落とす。
その瞬間―――
―――バーン!!という物凄い音と共に、重い扉が吹き飛んだ。
「おや、お迎えが来てしまったかな?」
「あなたは・・・ウシュナ様?」
破壊した扉を踏みしめて王の間に入ってきたミトラが、あり得ない人の存在に気付き、その顔を凝視した。
「久しぶり、ミト。君がまだだいぶ幼い頃に別れたきりだね。会えて嬉しいよ。」
ミトラは彼が放つ凶々しい何かを感じ、自分の知っているウシュナでないことを確信した。
「そうですね。あなたがあの日消えてしまってから、しばらく里には管理者が不在となり、大変苦労いたしました。それより。」
ミトラの全身が強く光り出し、周囲には竜巻のように強い風が巻き起こる。
「彼女を離してください。今すぐに。」
部屋の中は轟々と唸りをあげるような風が吹き荒れているのに、ウシュナの周りだけ風など吹いていないかのように何も起きていない。そしてゆったりとした表情で、ミトラに劣らない美しい笑顔を向ける。
「彼女はどうやら無意識に浄化し続けているらしい。ここまで力が弱まってしまうと、今の私の能力では残念ながら君に勝てそうもないのでね。今回は君に返すよ。」
そう言ってミューを自分の近くのソファーに下ろした。
「次はありません。」
ミトラが無表情で言い放つ。
「どうかな?彼女は私の瞳に夢中だったけれどね。おっと、そんなに怒らないでくれ。今日は引き下がるよ。それじゃあ、また。」
ミトラが怒りを露わにし始めるとウシュナの姿は煙が消えるように、消失した。
「ミュー!!」
ミトラは急いでミューに近寄る。意識を失っているが怪我などはしていないようだ。
彼女を抱き上げ、部屋を出る。
廊下には少しずつ人が増え始めていた。瓦礫の山と化した王の間の様子を見て、だいぶ騒ぎになっているらしい。ミトラはすぐに自身とミューをを流星宮に転送させた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「う、うう・・・」
(ミューがうなされている)
ミトラは流星宮に戻るとすぐにミューを彼女の部屋のベッドに寝かせ、その側で手を握りしめ、目覚めを待っている。
(俺がもっと早く彼女の元に行っていれば・・・)
後悔に苛まれながら、ミトラはミューの額にかかった髪をそっと整えた。
― ― ― ― ―
アレイディアから前の晩に連絡があった。
明日王城に乗り込むこと。チェルシアンナの夫を探し、事態の打開のためにこっそり城に侵入し、様子を探る、とのことだった。
そして、もう一つ。任務以外のとんでもない報告に、イライラは一気に頂点に達した。
『もう一つ報告がある。俺は今夜、ミューにキスをした。』
『はあ!?」
『俺は間違っていたと彼女に謝ったし、彼女に制裁も食らった。俺がこんなことをしでかしてもどうにもならないということもよくわかった。だが、この件はあんたには謝らない。あんたはどういう理由か知らないが、彼女に気持ちを伝えた訳ではないし、二人の関係はまだ曖昧なままだ。俺は二人が揃ってお互いを愛していると言葉で聞かされない限りは諦めない。』
『・・・』
『ちなみに、割と深く―――』
『俺に喧嘩を売ってるのか?』
『ま、そんなとこ。』
『・・・』
『そういうことだから、一応これも報告です。では。』
―――というふざけたやりとりがあった。
その後モリノから遅くに連絡があり、急な案件で流星宮に戻り、抜けるに抜けられなくなってしまった。先ほどのイライラのせいでどうにも集中できなかったのも遅くなった理由の一つだ。
探るだけだと思っていた城の様子は思っていた以上にまずい状況だったようで、仕事を終えて急ぎ城に侵入した俺はその惨状を見て嫌な予感に襲われた。
ミューは今日に限って、いや昨夜からバングルを身につけておらず、探すのに手間取った。
そして、あの人がいた。
三百年前。星守達の暮らす里で、アミル様が失踪し、たった一人の管理者となったのがウシュナ様だ。当時は複数の管理者がいることも少なくなかった。
ウシュナ様は以前は病弱だったらしいが、ある時を境に元気になり、ずっと若々しく美しいと評判の方だった。
(もしかして当時からずっとあのまま?それにミューが関わっている?)
わからない。わからないことが多すぎる。だが、変わってしまったウシュナ様から、どうにかミューを取り戻すことができた。
「良かった・・・」
問題は山積みだが、今この手にミューがいてくれる。
― ― ― ― ―
「良かった・・・」
安堵の声が聞こえて、ミューの意識が浮上する。
「ミュー?」
ミトラの顔・・・ああ、どうしてそんな悲しそうな顔をしているの?
ミューはそっと手を伸ばして、ミトラの頬に触れた。
「冷たい」
「え?あ、うん」
「ミトラ?」
「ん?」
「・・・助けに来てくれたの?」
「もちろん」
「・・・ありがとう」
「ミュー」
「なあに?」
「・・・何でもない。今はゆっくり休んで。」
「わかった。」
ミトラは自分の頬に触れたままのミューの手をそっと右手で包む。ミューの手は、少し震えていた。
―――そしてその意味をミトラは後日、嫌というほど知ることになる。