偽の王
ミューはアレイディアと共に王のいる場所を探す。途中誰とも出くわすこともなく、人の気配が全く感じられない。その異常さにゾッとする。
アレイディアが少し苦しそうに息をしている。
「ちょっと待ってアレイディア!」
ミューが早足で歩くアレイディアの肩に触れた。
「うわっ、何か目の奥が光ったような感じだ・・・何が起きた?」
ミューが眉間に皺を寄せながら、アレイディアの肩に触れた手を少し下に持っていく。
「それはたぶん浄化の際の光だと思う。アレイディアはここまで何にも触れていないはずなのに、どうしてこんな・・・?」
ミューは疑問に思いながらもアレイディアの浄化を続け、原因となる場所をなぞって探っていく。
「あの、さ。こんな時になんなんだけど、その、君のその手の動きは色々と、まずい。」
「?」
ミューが腰回りまで探ったところで真っ赤になっているアレイディアが頭を掻いてミューを見ていた。
「ご、ごめんなさい!」
「いやいいんだけど。はあ、これも思い出になるのか・・・」
アレイディアの変な発言を聞かなかったこととして処理し、ミューは事情を説明する。
「ねえ、さっきから苦しく感じていない?おそらくだけど、この城は今禁忌の力で溢れていると思う。どこに原因があるのかわからないけど、あの偽物の王が鍵を握ってる。絶対に!」
アレイディアは言っていることはわかるが、その先に意図することがわからず首を傾げる。
「そう、だな。それで君はいったいどう―――」
『眠りなさい』
ミューはアレイディアを眠らせた。アレイディアは崩折れるようにその場に倒れる。頭を打たないように支えて、廊下の壁に寄り掛からせた。
「アレイディア、ごめんね。でもこれ以上あなたは近付かない方がいい。」
ミューはアレイディアに再び触れると、周囲も含め最大限の浄化をかけていく。城内全体に行き渡るほどの力を送り込み、彼女から光が放たれる。
そして立ち上がり、禁忌の力が溢れている場所を探った。
(もっと上、かな?)
ミューはアレイディアから手を離し、力を感じる方へ少しずつ進んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここだ・・・」
先ほどの廊下から二つ上の階に上がり、一際装飾の美しい、大きな扉の前に立った。重厚感のあるその扉に触れると少し痛いほどにあの力を感じる。少しだけ浄化をかけながら、ゆっくりと、扉を、開いた。
「待っていたよ、ミユウ。」
「!」
ミューの目の前に、ゾルダーク王、その人が座っていた。
「随分驚いた顔をしているけど、ここに私がいることはわかっていただろう?」
「・・・ええ。あなたは、誰?どうして私の本当の名を知っているの?」
ミューは全身に力が入る。身体中にあの力、濃い禁忌の力が押し寄せているのを感じる。
「私はウシュナ。君に助けられ、君の最初の犠牲者となった男だよ。」
ミューは犠牲者という言葉に動揺する。ウシュナと名乗った王の姿の男は、組んでいた足を下ろし、ゆっくりと立ち上がった。
「どういう意味ですか?」
ミューは睨みながら言葉の意味を探る。
「君は忘れているようだけど、まだ君が幼かった頃、私は君に命を救われたんだ。」
「え?でも私は・・・」
「一時期こちらにも来ていたんだよ。そして私たちは友達だった。もう死に掛けていた私を、君はその言葉で助け、そしてその言葉で縛った。」
ミューは言葉を失う。こちら、つまりこの星に来ていた時期がある?
「あの日君は、たぶん私に元気になってほしくて、こう言ったんだ。『お願いウシュナ、早く元気になって!そしていつまでも若く元気で生きていられますように!』と。」
「それは、あり得ない!だって私は・・・!」
「君は今、本心から強く願ったことは叶わない。だが、昔は違ったんだ。」
「え?どうしてそのこと、知って・・・?昔は、違った?」
ウシュナはミューにゆっくりと近付く。
「君と最初に出会ったのは、君が二度目にこちらに来る前のことだよ。」
衝撃の事実にミューは青ざめる。動揺のあまりウシュナが思っていた以上に近付いていることに気付いていない。
「君は私をあの言葉で縛った。私はそれからずっと若いまま。そして君が二度目にこちらに帰ってきた日。私は君が運んできたあの力に侵食され、あの力を育んで生きてきたんだ―――愛しい人・・・君は二度も私を縛ったんだよ。」
「!?」
ミューが気付いた時にはもうウシュナの腕の中にいた。ミューの全身に一気に鳥肌が立つ。そして身体中にあの力の渦が巻き付いた。
「いやっ、離して!!」
「なぜ?君を待っていたんだ。こんなに長く。三百年前のあの日ここゾルダークで君を見つけて、私をこの星に永遠に縛りつけたあの子だとすぐわかった。」
ミューは浄化の力だけを少しずつ全身に滲ませていく。
「しかもあの力を持ってきたのも君だったとそこで知ったんだ。でもあの後君を見失い、ずっと探していた。あの女に似ている君を・・・。」
偽の王の髪の色が変化していく。
「そして今君は小さくだが願ってしまったね。離して欲しいと。長くは持たないだろうが、君の意志ではしばらく私から離れることはできないんじゃないかな。」
ミューはその恐ろしい事実にガタガタと震えて動けない。それを楽しむかのようにウシュナは両手で、ミューの身体中をゆっくりと弄っていく。
「ああ、この瞬間を待ち侘びていた。さあ、もうこの城は要らない。私と一緒に行こう、ね?」
ミューは怯えた表情でウシュナの顔を見上げると、先ほどの王の顔ではもうなくなっていた。
もっとずっと若く、恐怖を感じさせるほどの美しい顔立ちと少しウエーブのかかった柔らかな茶色の髪。そしてあの日、射すくめられてしまったあの青い目が、ミューを彼の世界に閉じ込めようとしているのがわかった。
「いや・・・やめて・・・」
耳元で低く囁かれる。
「ほら、また。君は自分を縛るのが上手だね。さあ、これから永遠に、私が君をめいいっぱい愛してあげるよ。」
「!?」
その声は深く暗く、逃げられない罠のようにミューの身体に響き渡り、意識を失っていった。