密談
ミトラがリンドアーク王を連れ行き着いた場所は、会議前に彼が訪れたあの中庭だった。すでに日は傾き始め、ミューが寝そべっていたベンチは優しい影に隠れている。
「こんな場所が隠されていたとは・・・。」
初めての中庭に素直な驚きを隠せない姿に、ミトラは王の若さを初めて実感する。九星をまとめる求心力と風格のある姿は『若者』という印象からは程遠かったが、今の姿は年若い青年にしか見えない。
(ゾルダークの王よりも随分若いのでは?)
普段個人にあまり関心を示さないミトラだが、ミューが興味を持つ王とあってはどうにも人となりが気になってしまう。
しばらくすると中庭を興味深そうに見回している王のすぐそばで、不意に小さなつむじ風が巻き起こった。王は驚いて一歩後退ると、そこに半透明のアーチ型のドアが現れた。
「では、参りましょう。」
ミトラは落ち着いた様子でドアに手を掛けゆっくりと開き、リンドアーク王をドアの向こう、夕日が差し込む部屋に案内する。
「・・・何年分かの驚きが一気に押し寄せて来たようだよ。」
目を大きく開いて驚きの連続だと笑っている様子には、まだまだ余裕が感じられた。しかしここからが問題なのだが、とミトラは密かに思う。
二人が部屋に入るともう一度風が起きて、部屋の真ん中にある半透明のドアは消失した。
そこはありきたりの四角い窓が一つあるだけの小さな部屋だった。机と椅子が一脚ずつ、座り心地の良さそうな布地のソファーが二つ。
壁や床、天井といった部分は白と薄いグレーで統一され、様々な色、形、模様のクッションがそこかしこに散らばっている。無機質な岩の中にカラフルな貴石が紛れ込んだような不思議さが、この部屋にはあった。
大きく開いた窓の外に広がる沈みゆく夕日と草原の美しさに目を奪われていた王は、突然急激な何かの大きな力を感じ、膝をついた。クッションの一つに膝が乗る形になったため、特に膝を痛めることはなかった。だがあまりの不可思議な力の大きさに、彼は全く立ち上がることができずにいた。
すると壁にひびが入るかのように白いドアが突然現れ、そのドアが音もなく開いた。足元だけだが、白く長いワンピースを着た女性が入ってくるのが見える。
(まだ続くのか、この異常事態は!?)
王は膝をついたまま、ゆっくりと顔をあげて大きく息をのむ。
そこには見たこともないほど美しい女性が立っていた。
銀色の長い髪は光をうっすらと放ち、白く陶器のように滑らかな肌に、ほんのりと薄紅を引いた頬と唇が浮かぶ。吸い込まれそうな灰色の瞳は王を見つめて大きく潤んでいた。
なぜかそれ以上目を向けていることは無理だと感じ、彼女の美しさと流れ出る力に飲み込まれないよう下を向いた。そして何かが彼の頭の中で閃く―――
「もしや、あなたが・・・守り人様・・・ですか?」
辛うじて絞り出せた声は震えを隠せない。リンドアーク王が限界を感じて両手を床につこうとした時、王を押さえつけていた力が一瞬で消えていた。
「あなたがリンドアークの王、カーライアスですね。」
静かなその声は、少し低い鈴を鳴らすような心地よいものだったが、なぜか底知れぬ恐怖も感じさせた。目線を下げたままリンドアーク王がはいと答えると、
「試すようなことをして申し訳ない。そう、私があなたがたの言う『守り人』という役割を果たす者です。どうか顔をあげてください。」
白く柔らかそうな手が彼を支えようと手を伸ばしてくれているが、どうしてもその手を取る勇気は湧かなかった。
感情の起伏を感じさせない平坦な口調、有無を言わさぬ圧倒的で不思議な力に気圧されつつも、リンドアーク王は自分の力で何とか立ち上がり、差し出された手への礼を述べた。