変化の兆し
ミューは気付くと本もそのままにアレイディアの部屋を飛び出していた。自室に走って戻り、息を整える。
(意識はしない、これ以上考えない。)
アレイディアの気持ちに応えることはできない。彼の想いがどれほど心に打ち寄せてきても、ミューはそれに飲み込まれていくことはない。でも。
(ううん、それじゃ駄目だ。きちんと話し合おう。)
ミューはもう一度、決意を胸にアレイディアの部屋に舞い戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アレイディア」
アレイディアは戻ってきたミューを見て驚く。
「どうして・・・」
「ねえ、部屋に入れてくれる?」
アレイディアは無言でミューを迎え入れた。
立ったまま項垂れている彼の頬を、両手でパン!と音が出るほどの強さで叩き、そのまま手で挟んだ。
アレイディアは呆然とした表情でミューを見つめている。
「これで今回の件は終わりにしよう。」
「ミュー、でも俺は」
「さっきのは間違いだったと認めてくれるんだよね?」
「・・・ああ、俺が間違ってた。」
「じゃあ、これでおしまい!お互いに無かったことにして忘れましょう?」
ミューは挟んでいた手を離す。
「それはできない。」
「アレイディア・・・?」
アレイディアは顔を上げた。
「俺は確かに間違ってた。君の気持ちを無視した最低なやり方だった。でもあの君の感触を忘れることはできない。これから一生、それで苦しんでも。」
「・・・私なら、その苦しみから解放してあげることもできるよ?」
「いや、いいんだ。君とのことは何一つ忘れたくない。結果的に君が一瞬たりとも俺の気持ちを受け入れてくれない未来が待っていても、全部大切なんだ。」
彼の気持ちが波のように押し寄せては引いていく。
「アレイディア。」
「こんなに俺が君のことを想ってるってことは知っていて。一生諦めることがないことも。」
それはミューには、諦めるために自分に言い聞かせようとする言葉に聞こえた。
「ごめんね。」
「今謝られるのが一番辛い。」
「うん。」
「愛してる。」
「うん。」
二人で少し微笑み合う。
「・・・おやすみ、ミューラ。この任務が終わるまでは、君への気持ちは封印する。まあ、そう言いながら何度も失敗してるけど。」
「ふふふ、本当ね。でもありがとう。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
静かにドアを閉め、ミューは前を向いて歩き始めた。