動揺
リーブス邸のチェルシアンナの部屋は今、美しい調度品の素晴らしさが霞むほど、どんよりとした空気に包まれている。
王子の語ってくれた内容は、『星を奪う』というあり得ないものだった。午前中までぼけていた頭も今はすっかり冷静さを取り戻し、ミューはどうしようかと頭を捻っていた。
「これからどうしたらいいかしら。このまま何もしないでいるという訳にはいかないわ。でもどうしたら・・・」
チェルシアンナはいつもの刺繍が美しいハンカチをぐりぐりと握りしめて逡巡している。
「私としてはフェルディアム様にはご自宅で王子を守ってもらい、私とミューラがチェルシアンナ様のお力を借りて王城に潜入するしかないかと考えています。」
アレイディアが真剣な表情で意見を述べる。
「そうね・・・王の正体がわからないのとあの日の視線を思い出すと会いたくはないけれど、ここで逃げる訳にはいかないわね。お義兄様、チェルシー様、一緒に城へ行きましょう。」
ミューは決意を固めて二人を交互に見つめる。
アレイディアはゆっくりと頷き、チェルシアンナはええ、と伏し目がちに返事をした。
フェルディアムは危険を感じたらすぐ逃げてくださいね、と言い残して早速自宅に帰っていく。
残された三人は一旦それぞれの部屋に戻り、冷静に今の決断について考える時間を持とう、ということになった。動揺している状態で安易に決断するのは危ないというアレイディアの判断だ。そして彼はフェルディアムが使っていた部屋とは別の部屋を借りて、今日はそこに泊まることになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕食を終え、使用人達もそれぞれの自室で休み始めた頃、ミューはチェルシアンナに借りた本を返そうと、ネグリジェの上にしっかりとしたロングカーディガンを羽織って廊下に出る。
(誰もいないわね)
物音を立てないようにそっと廊下を歩き、遅くまで起きていることの多いチェルシアンナの部屋に向かった。そこは二階の一番奥の広い部屋で、ミューの部屋から一番離れた場所にあるため、ゆっくり、静かに歩みを進めていった。
すると突然目の前のドアがふわっと開き、驚いて本を持っていない手で口を塞ごうとした。だがその手は誰かに掴まれて部屋に引き入れられる。
「アレイディア!?」
ミューは驚いて本を落とした。ドサドサっという音と共にミューはアレイディアに抱きしめられていた。
「アレイディア、ちょっと!?」
「嫌だ」
「ねえ、本当にもう・・・」
「ミュー、どうして俺を見てくれないんだ。」
「・・・アレイディア?」
「君がミトラ殿と何かあったのはわかってる。でも俺を見ない君は嫌だ!」
「ねえ、落ち着いて!」
「無理だよ、こんなに愛してるのに。ただ一緒に話したり笑い合ったり、こうして触れ合ったりしたいだけなのに、どうして君は俺を見てくれないんだ・・・」
アレイディアは苦しそうに顔を歪めた。
「アレイディア、私はあなたを家族として大切に想ってる。最初は偽物だったかもしれない。でも今は違うのよ。本当に大切な家族の一人なの。だから・・・」
「本当に、それだけ?」
「?」
「ミュー、先に謝っておく。ごめん。」
アレイディアはミューの唇を深く、奪っていった。