甘く苦しく
ミュー達は翌日朝早くに王都に戻り、その日はゆっくりと過ごしてから、明日一番に全員で今後の作戦を練ることになった。
帰ってからわかったことだが、城内に大きな動きは無いものの、相変わらずチェルシアンナの夫は自宅に戻ってきていないとのことだった。
チェルシアンナは帰ってきて早々にミューを部屋に招き、自らの手でお茶を入れる。
「ここまで帰ってこないなんて、夫にやはり何かあったのかもしれないわ。でも、まずは私達ができることをしましょう。それでね、ミューラさんにぜひ王子に会って欲しいと思っているのだけど、どうかしら?」
と真剣な顔で話し始めた。
ミューはチェルシアンナの自室でクッキーを頬張っている最中だったので、突然の提案にげほげほむせてしまい、チェルシアンナが慌ててお茶を注いだ。
「ごほっ、す、すみません!ありがとうございます。・・・王子にお会いするのですか?フェルディアム様のところにいらっしゃるんですよね、確か。」
チェルシアンナは今度は自分のカップにお茶を注ぐ。
「そうなの。このままでは埒が開かないし、どこかに打開策を見出さないとどんどん悪い方向に向かっていくような気がしてしまうのよ。ね、どうかしら?会ってもらえる?」
ミューは少し考え込んだが、思い切ってその依頼を承諾した。
「わかりました。明日、話し合いの後にお会いしてみましょう。何ができるかわかりませんが、少なくとも私はチェルシー様の大切にされている方にお会いしたいから。」
そう言うとチェルシアンナはうるうるとした瞳でガバッと抱きつき、「ミューラさん大好きよ!」と小さく叫んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
明日の予定が大体決まったところでミューは部屋に戻り、ソファーに寝転び、目を閉じた。
(ミトラがきちんとした儀式をするところを初めて見たかも)
「ミトラ・・・かっこよかったな・・・」
小さく口に出してしまい一人で照れる。ミトラの真剣な眼差しも、憂いのある表情も、仕事に対して一切の手を抜かず自分を律して取り組む姿も―――
(本当にかっこいい)
ソファーのクッションをそっと抱きしめ、胸の中に広がる甘さと苦しさにゆっくりと浸っていく。
「そんなに褒めてもらえるとは思ってなかったよ。」
ソファーの後ろから声が聞こえ、ミューはビクッとして飛び起きた。
「ミトラ!?」
そこにはいつものような余裕の笑顔ではなく、少し照れたような優しい微笑みの彼がいた。
「ミュー。二つ用件があるんだ。」
ミトラがソファーの背の後ろにしゃがみ込む。
「なあに。」
ミューはミトラの方を向き、背もたれに腕を乗せ、ほんのりと頬を染めながら言葉を待つ。
「予約。この件が落ち着いたらミューの一日を俺にくれる?」
ミトラが上目遣いの薄紫色の瞳でミューを見つめる。
「・・・うん、いいよ。」
「良かった。それと二つ目。」
ソファー越しにミトラの手が、ゆっくりと、慈しむようにミューの頬をなぞった。
「手数料、ちょうだい?」
「ミトラそれ・・・だって冗談で―――」
ミトラの瞳はもう揺るがなかった。ただひたすらに甘く蕩けるような視線がミューに絡みつく。
「ミュー」
「ミト―――」
約束通り、でも時間をかけて、二回の優しいキスが、ミューの唇に落とされていった。