同盟誓約③
ミューはテラスでチェルシアンナとゆっくり過ごした後、部屋に戻り荷物を片付けた。一応この家の使用人達が何か手伝うことがあればと気を遣ってくれたのだが、何となく一人で居たくて、大丈夫ですと丁寧に断りを入れた。今は黙々と荷物を片付ける。
そして片付けながらつい先ほどの出来事を思い出していた。
(アレイディアの言葉に反応しなくてよかった・・・)
ミトラが現れてくれなかったら危なかったかもしれない。もうあんな後悔はしたくない。そのためにも今は目の前のできることを一つずつやっていこう。ミューは改めて決意を固める。
チェルシアンナは夫とここ十日ほど会っていなかった。王城で仕事をしている彼は普段から時々そういうことがあったのであまり気にしていなかったそうだが、今回ミューの話を聞いてチェルシアンナは考え込んでしまった。
とりあえず今王城に行くのは危険なので、このまま自宅で安全に過ごすことを約束してもらう。もし夫が帰宅した場合にはミューを必ず呼んでほしいと念を押した。
午後になるとフェルディアムも来てくれたので、同盟誓約の話を進めた。
手続きは早い方がいいということで、明日隣の村に移転した星宮に向かうことになった。チェルシアンナの車でアレイディアも途中で拾い、四人で向かうこととなる。
フェルディアムは今日はここに宿泊することになり、話し合いが終わると来客用の部屋に入っていった。
ミューは自分に与えられた部屋で一人の時間を満喫する。久しぶりに落ち着いて過ごせている気がした。
(静かね・・・)
窓の外に広がる景色はまだ見慣れないものだったが、あの二人と共有していない環境が逆に今のミューの心を落ち着かせてくれた。
(しばらくここにいたい)
ミューは夕食までひたすらのんびりと時間を過ごした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕食後は部屋着に着替えてチェルシアンナお勧めの本を読んでいた。
しばらくするとノックと共に声がかかる。
「ミューリエラ様、少しお話をよろしいでしょうか?」
フェルディアムの声だ、と思い、手近な上着を羽織ってドアを開ける。
「申し訳ありません、今少しお時間よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。」
彼を中に迎え入れると、きちんとドアを開けたまま彼はその側に立って話し出した。
(ああ、常識的な男性の振る舞い・・・素晴らしいわ!)
「ミューリエラ様、チェルシー姉様のこと、この国のこと、一緒に考え行動してくださること、心から感謝しています。なかなか改まってお礼を申し上げる場面がなかったので、お寛ぎ中にも関わらず失礼してしまいました。でも本当に嬉しかったんです。ありがとうございます!」
フェルディアムは深く頭を下げる。
「どうかそんな、頭を上げてください!私達はお友達でしょう?チェルシー様だけでなく、私とフェルディアム様ももうお友達です。だからお礼なんていいのです。一緒にこの問題を解決していきましょう、ね?」
ミューがそう言うと、フェルディアムは顔を上げ、優しい目を細めて再びありがとうと口にする。
「姉様はいつも人のことばかり考えているんです。華やかな美人で恵まれた人だからと、ただ遠巻きに見るか打算で寄ってくる人ばかりが周囲にいてとても心配していたのですが、ミューリエラ様のような本当のお友達ができて安心しました。」
ミューは照れたようにはにかんで微笑んだ。
「そう言っていただけると嬉しいです。これからよろしくお願いしますね!」
フェルディアムは細めていた目を少し開いて、
「ああ、あなたとの縁談の話、うやむやにしなければよかったですね、失敗しました!」
と笑った。
ミューは「社交辞令でも、ありがとうございます」と受け流し、フェルディアムは部屋に戻った。
「ミトラはこれも聞いてるのかしら?」
ミューはテーブルの上のバングルをじっと見つめ、ドアを閉めた。