それぞれの事情①
ミューはその日は一旦チェルシアンナ達に別れを告げ、リーブス邸に迎えに来たライラメアと共に、トール家に戻った。
予定していた時間よりも遅くなってしまったため、ライラメアに何度も謝罪して逆に怒られてしまった。もっと遠慮せず自分を頼ってください、甘えてくださっていいんですよとのことだった。ミューは今日のお茶会で疲弊した心が少し癒される気がした。
部屋に戻り着替えるとバングルが震える。
「ミトラ?」
「ミュー。さっきの話、こちらでも聞いていたよ。同盟誓約を結びたいの?」
ミューは敬語ではないミトラの声に、昨日の朝のことを思い出して少し動揺する。
「う、うん。書類とか何も無いけど、できるかな?」
遠慮がちに聞いてみると、ミトラが了承する。
「いいよ。その代わりこちらでも少し準備があるから待っていてほしい。ああ、手数料はキス二回でいいから。」
「はい!?」
「今の『はい』は了承したということだね。わかった。じゃあまた準備ができたら連絡するから。」
ミトラは言いたいことだけ言ってさっさと通信を切り、ミューは顔を真っ赤にしたまま途方に暮れていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ミューが帰ってきた音を聞きつけ、アレイディアがドアを開け廊下に出ると、廊下の外で顔を隠し呻いているミューに遭遇した。
「えっと、何やってるの?」
「なっ、何でもありませんです・・・」
「・・・なんでそこで変な敬語なの?」
「・・・」
ミューは気持ちを落ち着けようと部屋を出たものの、アレイディアが出てきて動揺し、真っ赤な顔を見せることもできず、頬を両手で隠したままドアの前で硬直していた。
アレイディアは不審に思いながらも近付き、彼女が赤い顔をどうにか隠そうとしていることに気付く。
「え?もしかしてまたあいつが来ていたの?」
心底嫌そうな顔でミューを問い詰めると、
「違う違う!」
と否定の声が上がる。
アレイディアは顔を押さえているミューの両手を自分の両手で顔から剥がした。
「ちょっと、何する―――」
アレイディアの瞳に、ミューが見てはいけない何かが宿る。
「ミュー。そんな顔で俺の前に現れて、このままで済むと本当に思ってるの?」
ミューが力を使おうとしたその時、
アレイディアの唇が、ミューの頬に触れた。
「!?」
「ミュー、愛してる。落ち着いたら後で話そう。」
ミューがもう一度顔を押さえると、アレイディアが振り返って楽しそうに言った。
「ねえ、さっきよりも顔、赤いけど。」
にやっと笑って前を向く。ヒラヒラと手を振りながら彼は自室に戻っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「・・・これは駄目だな。もう一人にはできない。」
ミトラがそう呟くと、廊下ですれ違った星守の一人が、不思議そうな顔で彼を見ていた。
「ミトラ様、どうされましたか?」
「ああ、いえ何でもありません。」
「・・・同盟誓約の準備ですが、今回書類はないとのこと、いったいどんな方なのですか?」
「今回はミューの希望でして。」
「おお、ミュー様の!それでしたら確かに書類も手続きも必要ありませんね。」
「そうは言ってもモリノさんにはお手数をおかけしてしまいますが、よろしくお願いします。」
モリノと呼ばれたその星守は笑顔を返す。
「何を仰るのです!ミトラ様とミュー様のお力になれるなら本望ですよ!それより、ミトラ様。」
「はい。」
「いつ、ミュー様の元に行かれるのですか?」
「え?」
ミトラは心を見抜かれたようで驚く。
「ふふふ、ミトラ様に幼い頃しごかれた身ではありますが、これでももう中年と言われる年齢なのです。ミトラ様が考えていることも少しはわかりますよ。」
「・・・そうですか。」
モリノはミトラが手に持っていた書類を預かり、言った。
「さあ、躊躇せず早く行って差し上げてください。ここも以前よりは星守が増え、皆がミトラ様のお役に立ちたいと頑張っているのです。」
モリノはもうひと息、とばかりに続ける。
「お帰りになるまで私達が全力で守っておりますから、ぜひミュー様のお側に居てあげてください。そしてお二人で元気に戻っていらしてください。コウもサナも、そして里の子ども達も皆首を長くして待っておりますよ!」
モリノに促され、ミトラは困ったような笑顔で頷いた。
「では、留守の間よろしくお願いします。」
「はい、お任せください!」
そしてミトラは、バングルを見つめて廊下を歩き出した。