鞄の中身
ミューがガサゴソと鞄を探ると、小さな革製の手帳が現れた。中をめくるとミューの表情が無表情になり、ふわっと彼女の周りに風が流れる。
髪の色が一瞬だけ白っぽく変わったように見えたがすぐに収まった。
「それが例のアレなのか?」
アレイディアがミューの手元を覗き込む。
「そうよ。今浄化をしたからもう大丈夫。でも思っていたより強い力が宿っていたみたいね。手帳にというより、手帳の中に挟まっていたこの栞の方かな。ほら、小さな石が付いてる。」
ミューが淡々とした様子でそれをアレイディアに見せてから、手帳に挟んで鞄に戻す。
「それを使ってこいつは何をしでかそうとしたんだ?」
アレイディアの言葉にミューが真剣な表情で答える。
「あなたを操ろうとしたの。その力を感じたからここに来た。良かった、間に合って・・・。」
「・・・俺のことをそんなに心配してくれたんだ。」
アレイディアが嬉しそうな表情でミューを見つめる。
「・・・家族でしょう?心配して当然よ。」
ミューの言葉にアレイディアは首を横に振る。
「いや違う。少しは俺のことも意識してくれてるよね?」
アレイディアの心を探るような目を、ミューは上目遣いで少し睨む。
(まずい、可愛い。)
思わず抱きしめようとして手が止まる。
(いや俺は、きちんと言葉で伝えよう。)
「ミュー、そんな可愛い顔をしても駄目だ。逆効果だよ。」
「お義兄様は本当に性格がよろしいこと!」
「でもそんな俺も悪くないだろ?」
「はあまあそうですね。」
「何その気の無い返事!?」
ミューは苦笑してまじめに答える。
「アレイディア、私はあなたの気持ちは嬉しいし正直感動もしたの。でもその気持ちには何一つ答えられない。こんな場所で言うのもなんだけど。」
ミューが眠りこけているコグランをチラッと見て言うので、アレイディアは不覚にも笑ってしまった。
「あはは!うん、知ってる。ほんとこんな場所でなんだけど、君を愛してる。」
ミューは今度は口に出して言う。
「本当に重症ね・・・」
これはだめだと額に手を当ててため息をつき、ミューは色々と諦めて話題を変えた。
「コグランというこの男は明確な意志を持ってお義兄様に近付いてる。おそらく例の装置を無理矢理にでも持ってこいとでも指示を受けたんじゃないかしら。」
アレイディアはふむ、と首を傾げて考える。
「彼が主導でこの件が動いていたとは考えにくいか、やはり・・・」
「それはないわね。彼はもう何回かこれを使っていて、だいぶ身体と精神を持ってかれてる。もし私達が追っている首謀者なら、たぶんほとんど影響を受けていないはず。ほら、彼の顔、まだ若い顔立ちなのに・・・この白髪と手の皺を見て。」
確かにコグランの顔は皺もなくまだ若さが残るものなのに、手がよく見ると老人のようになっていた。
「昨日は手袋をしていて気付かなかったが、これはすごいな。」
「そうね。たぶん鞄の中で手だけ入れて人を操ったり脅したりしていたんだと思う。例の軍の関係者の方もそんな感じで脅されてたんじゃないかしら。」
「なるほど。」
アレイディアは困ったように顔を上げてミューを見る。
「で、この後この男、どうすりゃいいんだ?」
「ぷっ、面白い顔!大丈夫よお義兄様!記憶は消してお帰しするわ。」
「記憶を消す!?」
アレイディアは仰天した。
「さあお義兄様、ここからは部屋の外に出ていてね。それとも一緒に記憶を失いたい?」
ミューは悪戯っぽく笑う。
「・・・その顔も可愛いな。でも遠慮する。君を忘れるのは嫌だからね。」
アレイディアはそう言って返事を待たずに外へ出て行った。
「・・・さて、始めましょうか。」
ミューは腕まくりをして眠っているコグランに近付いた。