来客
アレイディアは自室に戻ると顔を洗い、身支度を整えた。
「はあ、前途多難だな・・・。」
思わずため息と独り言が口をついて出てしまう。あの銀髪美形男はそう易々とアレイディアに隙を与えることはないだろう。
(だが、時間はまだある)
この任務を終えるまで、まだまだ機会はある。アレイディアは自分を鼓舞しながらシャツのボタンを閉めた。
階下に降りて少し遅い朝食を済ませてホールに出ると、トール家の執事がアレイディアを呼び止めた。
「コーラル様、ウェンデル・ハーリー様の使いだという方がぜひコーラル様にお会いしたいとこちらにお越しでございますが・・・。」
アレイディアは一瞬眉をひそめるが、はっと気付いて笑顔になる。
「ああ、ウェンデル様の。ちなみにそれは華奢な男性の方かな。」
「はい、左様でございます。お通しいたしますか?」
「ああ、ありがとう、応接間をお借りしてもいいかな?」
「はい。本日は他に予定もございませんので。ではお呼びして参ります。」
執事は静かにその場を去ると玄関に向かった。アレイディアは一足先に応接間に向かう。
(かかったかな?)
相手の出方を数パターン予想しながら応接間のドアを開いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
控えめなノックの後はい、と声を掛けると、ガチャ、と静かにドアが開き、執事の後ろから昨夜最も怪しんでいたあの男性が現れた。顔は伏せがちだったがなんとなくニヤニヤと笑っているようにも見える。
白髪が少し混じった黒っぽい髪色だが、顔を見るとそこまで年齢が上という感じもしない。それがまた違和感を生み、アレイディアは昨日よりも更に警戒心を強めつつ、ソファーから立ち上がった。
「コーラル様、ウェンデル・ハーリー様のお使いの方をお連れいたしました。」
執事は案内を終え、軽く頭を下げてすぐに退室する。部屋にはあの男とアレイディアだけが残された。
「ハーリー殿の使いの方ですか。私に何かご用とのことでしたが、どのようなご用件でいらしたのかな?」
アレイディアはあえて席を勧めることもせず、強気な態度で話を進めていく。話の主導権を早めに確保しておきたい。
「初めまして、コーラル様。申し遅れました、私はウェンデル・ハーリー王国軍第一等部隊隊長の事務補佐をしておりますコグラン・ホウと申します。本日は折り入ってご相談がございましてお邪魔した次第でございまして・・・。」
含みのある話し方に若干苛立ちを感じたものの、態度には全く出さずに笑顔で相槌を打つ。
「そうですか。長くなりそうですね。どうぞそちらにお掛けください。」
「ありがとうございます。」
(さて、どう出る?)
コグランは手に持っている鞄の端を指でなぞりながら話し出した。
「ええとそれでご相談というのは、昨日ハーリー隊長にお話下さった件なのですが、そのー、そちらは試作品などはあるのでしょうかねえ?」
アレイディアは一瞬何のことかわからないという顔をした後、ああ!と思い出したかのように話し始める。
「それは記録装置のことでしょうか?ええまあ、貴重なものですので持ち歩いてはいませんが、自国に帰ればもちろんありますよ。ただ・・・」
アレイディアは少し声を落として興味を引かせる。
「ただ?」
コグランは期待を高める。
「実は内緒で小型のものを持ち歩いておりましてね。内緒で持ってきてしまったので、義妹には言わないでおいてください!」
冗談めかして話し、コグランとの距離を詰める。
コグランはにんまりとした笑顔を浮かべ、もちろんですよと鞄の表面を撫でた。
「ちなみにそれを見せていただくことは可能ですかな?」
(ほう、食いつきがいいな。)
アレイディアは己の罠にかかった獲物をゆったりと眺める。
「それは、難しいですね。一応こちらも商売上の秘密というものがありますから。」
コグランの出方を待つ。
「そう、ですか。仕方ないですね・・・」
彼は大事そうに撫でていた鞄の蓋をカチャリと開けて、中に手を入れた―――
その瞬間
ドアがいきなり開いた。
『眠りなさい』
驚きの余り目を見開いた。
「ミューラ?」
アレイディアは突然のミューの登場に唖然とする。そして目の前にはソファーでこてんと眠りこけるコグランがいる。
「何を言ったんだ?何をした!?」
ミューの言葉が全く聞き取れなかった。突然部屋に入ってきて、どこの言葉かわからない言葉を話すとは・・・
「ああ、お義兄様。そちらのお客様は眠らせたわよ。」
「はあ?どうして?どうやって?」
「だって、鞄に入ってるわよ、例のアレ。」
「アレって、禁忌の力の?」
「そう!危なかったわねお義兄様!」
ニコニコと何でもないことのように微笑んでいる。
いつもいつも彼女といると突拍子もないことばかり起きる――― でもこんな時でも彼女は普通の女性だ。優しくて温かくて、一緒にいると本当に楽しい―――
アレイディアは思わず吹き出した。
「ミュー、だから俺は君に夢中なんだ!」
アレイディアの悪戯っ子のような笑顔に、ミューは呆れたように肩を落とし、
「もうなんでもいいです・・・」
と言って、当たり前のようにコグランの鞄の中を漁り始めた。