牽制
ミューはミトラからそっと離れると、ベッドを降りた。ミトラはなぜか動かないが、今顔を見たら何か叫んでしまいそうで、気にしないようにしながらドアに近づいた。
「お義兄様、起こしてしまってごめんなさい。何でもないから、部屋に戻って。」
ミューがドア越しにそう言うと、
「あの人が居るのか?」
と、少し低い声で話すのが聞こえた。
ミューが何か言いかけた時、ふわっと風を感じる。ミトラがミューの横で、ドアノブを持っていた。
「え?」
ミューが驚いた隙にミトラがあっさりドアを開けてしまった。
「ちょっと!?」
「ああ、アレイディアさん、朝早くからどうも。ミューの部屋には近付くなと先日申し上げましたが?」
ミトラの無駄に美しい笑顔が怖い。いやそれよりもなんの話?とミューはパニックになる。
「おはようございます、ミトラ殿。ミューの部屋にはまだ入っていませんよ?」
アレイディアも笑顔がキラキラしている。ミューはもう考えることを放棄した。
「とにかく、二人とも一旦外に出てもらえますか?ちょっと一人になりたいので!」
ミューは有無を言わさぬ態度で二人を部屋から追い出し、ドアをバタンと閉めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「・・・それで、彼女に手を出したのか?」
アレイディアがミトラを睨む。
「手を出す?そもそもあなたには関係ないことです。二人の問題ですから。」
ミトラは飄々と答える。
「俺はもう諦めるつもりはない。」
「そうですか。勝負はついていると思いますが。」
「そうかな?だったらなんであなたは今日焦ったようにここに現れたんだ?どうせ俺が彼女に愛を告白したのを知って心配になって来たんでしょう?」
「さあ。ですがあなたは冷たく断られたのではないですか?」
「どうかな。俺は割と“ひと押し”できたかなと感じてるけど。」
「そうですか。私は彼女に“ひと押しさせ”ましたが・・・」
「!?」
アレイディアは衝撃を受けた顔をしてミトラの顔を見つめる。ミトラは冷たい微笑みを浮かべて言い放つ。
「俺は彼女を絶対に手放さない。あなたに付け入る隙を与える気は一切ありませんので。」
アレイディアはミトラの本気の威嚇とその場に溢れ出る力の格の違いに、身体中が震えた。
(それでも俺は・・・)
「俺はそれでも言葉で想いを伝え続ける。あんたはそれができるのか?」
アレイディアはなんとなくミトラがまだ言葉で想いを伝えていない気がして、そう投げかけた。
ミトラの顔に一瞬哀しそうな表情が現れた後、すぐに消えた。
「永遠の時の中で、それができないことがどれほどの苦しみなのか、あなたにわかるのか?」
「・・・」
ミトラは黙ってしまったアレイディアを置いて、スッと風の中に消えていった。