言葉のない告白
翌朝のトール家では、お昼近くまでミュー以外は誰も起きてくることはなかった。トール夫妻はだいぶ遅くまで祝賀会を楽しんでいたようで、ミュー達が寝ている間に帰ってきてそのまま休んでいるようだった。
ミューももう少しゆっくり休んでいたいとベッドでふにゃふにゃとまどろみを満喫していたところ、ミトラの急な来訪に口から心臓が飛び出そうなほど驚き、更にその後の彼の行動にその心臓が破裂しそうになったため、結局早く目を覚ますこととなった。
少し前。
「ミュー、おはよう。」
聞き慣れた優しい声が聞こえる。ああ、夢かな。夢ならもう少し・・・と目も開けずに枕に顔を埋めようとした時、頭の周りに不思議な感覚があり重い瞼を少し開く。
目の前に、ミトラの顔があった。
「ええええっ!?なんでここに!?」
ガバッとベッドから起き上がると頭に違和感がある。触ってみるとモフモフした何かが手に触れた。
「これ・・・ピンクの猫耳ナイトキャップ・・・?」
ぽかんとした顔で耳を持ちミトラを見上げる。
ミトラはミューが赤面するほど優しく愛おしそうな笑顔でミューに近づいてくる。
「なになになに、何のお説教時間なの?いやだその色気をしまっ」
ミトラがミューの額にキスを落とした。
「・・・!?」
「ミュー。かわいい。さあ、着替えたら昨夜の話をしようか?」
ミューの幸せまどろみタイムは早々に終了した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えーとですからこれは不可抗力というものでして・・・」
ミューは別室で着替えた後、昨夜の告白事件について追求されている。なぜかベッドの上で猫耳ナイトキャップのまま正座状態で座らされ、ミューはちょっと心が折れて項垂れていた。心なしかナイトキャップの耳も垂れているように見える。
「まあ、それはそうかもね。」
ミューはパッと顔を上げる。
「ですよね!仕方なかったんです、彼の言葉を止めるわけにもいかなかったし、それに・・・」
ミューは自分の言葉の続きが、何か言ってはいけないことのような気がして息を止めた。
「ミュー。俺はその言葉の続きを、死ぬほど恐れてる。」
ミトラはあの時のような、ゾルダークで再会した時のような苦しそうな顔を見せた。
「アレイディアに、惹かれているの?」
ミューは即座に否定する。
「違う!私は・・・」
「違う?本当に?だってずっと一緒にいる。とても仲良くなったし、息も合ってる。それであれほどの告白をされて、本当に少しも心は動かない?」
ミューは二の句が継げなかった。
ミトラが何を言いたいのか、どんな気持ちで今回自分を送り出してくれたのか痛いほどわかったから。想像以上の深く甘い彼の想いに触れて、言葉を失っていた。
だがミトラはその沈黙を肯定と受け止める。胸を掻きむしるかのような仕草のまま顔を伏せ、ミューのベッドに腰を下ろした。ミューからその表情は見えない。
「ミトラ、だめ、私、何も、言えない・・・でも違うの―――」
ミューがミトラの苦しむ手をそっと両手で包み込んだ。
ミトラは顔を上げ、ミューの瞳を強く見つめる。
「じゃあ、言わなくていい。」
ミトラがミューのナイトキャップをゆっくり外す。左手をベッドについたまま、右手で優しく頬を掬った。
ミューは痺れるようなミトラの甘い声に、身体が震える。
「言わなくていいから、キスして。」
ミトラの顔が近付く。吐息だけがミューの唇に触れたその瞬間―――
ドンドンドン!
大きなノックの音で、二人は一気に現実に引き戻された。
「ミューラ、どうかした?なんかさっきから声が聞こえるから気になって・・・ミューラ?」
ドアの向こうからアレイディアの声が聞こえる。思わずドアの方に向かおうとしたミューの手を、ミトラがぎゅっと捕まえた。
「ミュー、待って。このままなし崩しになるのはいやだ。そんな物語のようなありがちな展開で、今の二人の関係を終わらせたくない。だから・・・頼む。」
ミトラの甘く蕩けるような声が、ミューの耳元で溢れる。
「・・・ミトラの意地悪。」
ミューは少し泣きそうな顔のまま、小さなキスをミトラの頬に落とした。