仕掛け
アレイディアはミューの様子を遠巻きに見ていたが、しばらくするとあっという間に貴婦人達の輪に取り囲まれてしまった。
(あれは天性の人たらしだな・・・)
とりあえず緊急性はなさそうだと判断し、再び周囲を観察する。ゾルダーク王は玉座に収まり、側近と何やら話をしている。
各国の八星達は流石に王や王妃らしき姿は見えず、おそらくそれに準ずる王子、王女や王の兄弟にあたる者が来訪しているのだろう。そちらは特に変わった動きをしている様子も見られなかったので、今度はゾルダーク国内の貴族達の輪に目を向ける。
今お世話になっているトール夫妻の姿が見える。その周囲には何人もの貴族達が話に花を咲かせていた。そんな輪から飛び出るように一際大柄な男性が最初に目についた。
(あの体型と手は、軍関係者か。)
体格の良いその男性は、アレイディアより頭二つ分は大きい。鋭い目と短い髪が、軍の上層部らしい雰囲気を醸し出していた。人混みの隙間から垣間見えた無骨な手にはいくつもの傷があるが、どれも古いものだろう。
そして彼の更に後ろにいる、背が低く華奢な男性に目が留まった。
(あいつは何者だ?)
アレイディアの勘が『あいつは怪しい』と警鐘を鳴らす。
なぜあの軍の重要人物だろう男の後ろにぴったり張り付いている?どう見ても部下ではないし、それなりのこ綺麗な格好をしてはいるがそもそも貴族らしさが全くない。
アレイディアはトール夫妻に声をかけるという名目を掲げて近くに寄って行った。
「トール様、いらしていたんですね。」
アレイディアが笑顔で声をかけると、トール夫妻は満面の笑顔で彼を輪の中に呼び入れた。
「おお、アレイディア君、待っていたよ。ぜひ友人の優秀なご子息を皆さんにご紹介したくてね。」
「お心遣いありがとうございます、トール様。」
トール夫妻に紹介され、その場にいた何名かの貴族と挨拶を交わす。そして最後に紹介されたのがあの大柄な男性だ。
「アレイディア君、こちらはゾルダーク王国軍第一等部隊隊長のウェンデル・ハーリー殿だ。ウェンデル殿、アレイディア君はリンドアーク国王陛下の甥御さんでね。大変優秀な若者なんだよ。」
ウェンデル・ハーリーと呼ばれたその男は、鋭い目つきでアレイディアを見ながら「五星ウェンデル・ハーリーと申します」と挨拶をする。アレイディアもまた、「六星アレイディア・コーラルです」と返す。
ウェンデルの視線が一瞬後ろに向きかけたが思いとどまった様子で、
「コーラル様はもしや軍の関係者でしょうか?」
と尋ねてきた。
(リンドアークの名を聞いて、早速探りを入れてきたな)
「はい、現在は細々とした任務を担当しておりますが、実際には単調な事務仕事がほとんどです。私など特に能力もない三男ですので、いずれは今の職を離れ父や兄の領地の仕事を手伝う予定です。」
「そうですか。」
アレイディアの言葉にウェンデルは興味が薄れた様子だったが、ここがチャンスとばかりにアレイディアが仕掛ける。
「ああ、ですが最近良い仕事の縁がありましてね。とある大きな商家から我が家に養子を迎え入れて、新しい商品を共に開発していこうということになっておりますので、そちらが私の主な仕事となるでしょう。」
ウェンデルは、はあと気のない返事をしていたが、後ろの男性の僅かな動きに反応し、質問を続けた。
「それは・・・素晴らしいお仕事ですな。一体どのような商品を?」
「ええ、実は事務仕事の中で大量に情報を保管する必要性を感じておりまして・・・リンドアークは大きい国ですのでね。ですからそのための記録装置を開発しているところなのです。」
「ほう。」
後ろの男が耳をそば立てている。
「大量の情報を管理し、必要な時に一気に取り出せるようになれば、何かと便利になりますからね。大きな仕事ですが、任されたからには成功させたいと思っています。だいぶ形はできてきましたのでね。」
アレイディアはにっこりと微笑む。仕掛けは整った。
「ああ、私の新しい妹が戻ってまいりました。」
ミューがこちらにゆっくり歩いてくるのが見える。
アレイディアはこれ幸いとばかりにミューをトール夫妻に会わせたいと告げ、ウェンデルからの次の言葉を待たずにその場を離れた。