祝賀会と違和感
ミュー達が再び侍女達に案内され大広間に向かうと、既に多くの貴族達がそこに集まっていた。前方には国王陛下とその親族、そしていくつかの他国の王族が集まっている。
二人は八星ではないということもあり、彼らより少し後方に控えている。
ゾルダークの王は順番に各国の八星達からお祝いの挨拶を受けている。その最後に位置し挨拶の順番を待ちつつ、アレイディアは気になる人物を見つけていた。
「ミューラ、彼女はおそらくゾルダーク王の姉君だ。ご結婚されて今は七星の高官の家に嫁いでいたはずだ。」
ミューは小さく頷き、小声で尋ねる。
「彼女が気になるのはなぜ?」
「違和感がある。何と今は言えないが、何かを隠しているか、恐れている?」
アレイディアの長年の任務で培った勘の強さは折り紙付きだ。ほんの微かな所作の綻びを捉えて違和感を導き出す。
「お義兄様、わかったわ。ではまず私が近づいてみるわね。」
ミューがニンマリと笑うと、アレイディアはこらこらとしかめっ面になる。ミューは表情を戻して貴族令嬢の顔を見せた。アレイディアが吹き出しそうになるのを堪えている。
ゾルダーク王への挨拶を終え、周りを見渡す。先ほどの女性に少しでも近い位置に行きたい。ミューは人混みを華麗にすり抜けて目当ての女性にそっと近寄っていく。
その時、
「静粛に!ゾルダーク国王陛下よりお言葉を賜る!」
という大きな声が大広間に響き渡った。
「本日は私の即位祝賀会に来てくれたことに心から感謝する。今宵はぜひ素晴らしい一夜を過ごして欲しい!星と共にあらんことを!」
王の最後のかけ声に、大広間の全員が手に持ったグラスを高く掲げた。
そしてミューは再びあの視線を感じた。
(なんだろう、頭が混乱する。)
額に手を当て目を閉じ頭を数回振ってみる。少し気分が良くなったような気がして、気合いを入れ直してから女性の側に近づいた。
「まあ、可愛らしい方、あなたはどちらの王女様かしら?」
背が高く落ち着いた金色の髪をしっとりとまとめ上げている三十代位の女性、ゾルダーク王の姉君であるチェルシアンナ・リーブスだ。以前は王女として、現在は七星の貴族の中でも強い影響力を持つリーブスの妻としてその名を轟かせている。
「いえ、私は王女ではございません。リンドアーク国から参りました、六星ミューリエラ・コーラルと申します。申し訳ありません、あまりにお美しい方でしたのでついフラフラと八星の方々がいらっしゃるところまで迷い込んでしまいました・・・すぐに失礼いたします!」
ミューは慌てた様子を装い、そこを離れようとするが、チェルシアンナが引き止める。
「あら、私も七星なの、今はもう王家の人間ではないわ。そんな可愛らしいことを言ってくださる方を追い返すようなことはいたしません。さあ、こちらでゆっくりとお話をしましょう!」
そう言ってふんわりとミューの二の腕辺りに触れた彼女の左手に、違和感を覚えた。
(おかしい、でもなんだろう?)
これがアレイディアの言っていた違和感かなと考えているうちにはたと気付く。
(グローブが捩れている?)
光沢のあるイブニンググローブがなぜか少し皺になって歪んでいる。そういえばさっき見た時は右手で左の手首をぎゅっと押さえていたような気がする。
ミューは極力そこを気にしないようにして、チェルシアンナに溢れんばかりの笑顔を向けた。
「お優しい言葉をありがとうございます、お美しい方!」
チェルシアンナはまあ、と言って大きな目を更に開いた。ミューの腕を取り、自己紹介をしてくれた上で周囲にいた知り合いらしき貴族のご婦人方に次々声をかけ、ミューを紹介していく。
なぜこんなに気に入られてしまったのかしらと首を傾げたい気持ちをぐっと堪えて、ミューは貴族らしい笑顔を無理やり引き出し、華やかなドレスと香水の渦に巻き込まれていった。