過去との決別③
そして俺達はもう一度出会った。
ミューを見つけた時、何年も抱え込んできた感情が一気に込み上げてきて爆発しそうだった。彼女もこちらに気付く。時が止まった。
それから宿でなんとなく話をして、二人の目的が一致していたことがわかった。協力し合えることは素直に嬉しかったが、わだかまりが消えたわけじゃない。
俺は彼女に敬語を使って話していた。そうすれば感情を少しは抑えられたから。
でも彼女はそれをよしとしなかった。
『ねえ、どうして・・・そんなに他人行儀なの?』
彼女はそう言った。いい加減にしてくれ、なんでわからないんだと思った。
『何がですか?』
冷たく返した。
『ずっと、敬語なんて使ってこなかったじゃない。』
当たり前だ。俺だってそうしたい訳じゃない。腹が立って、悔しくて、つい黙り込む。
『・・・突き放したのは君でしょ?』
なんであの時俺を置いて居なくなってしまったんだ。
『それは―――』
ミューが目を逸らす。苦しそうな表情。
『それとも何、あれは気の迷いでしたとでもいうつもり?』
違う、こんなことが言いたいんじゃない、俺は―――
『そんなんじゃない!ミトラを、私のせいで縛ってしまったことをどうしても―――自分を・・許せなくて・・・』
混沌を極めた俺の感情がついに爆発した。俺は右手の拳でテーブルをガン!と殴りつけた。
『言ったはずだ。俺がそれを望んだんだと。君が俺を守りたかったように、俺も君を守りたかったんだ。なんでわかってくれないんだ!!』
そうだ、この気持ちをぶつけたかったんだ。忘れることもできず、側にいることも叶わず、どれほど、どれほど君に会いたかったか。それを彼女に思い知って欲しかったのだ。
翌朝。昨日あの後黙って帰ってしまったことを謝ろうと思ったが、気持ちが追いつかなかった俺は、ただもう自己嫌悪に陥って部屋で項垂れていた。
まさかミューが、来てくれるとは思わずに。
コン、コンコンと、小さなノックが部屋に響く。ドアを開けた。ミューが、泣きそうな顔で、俺をその灰色の瞳で見つめていた。ああ、もしかして彼女は―――
『ミトラ・・・私は・・・口には出せない、でも』
彼女がそう言った瞬間、俺はようやくわかった。
彼女は、俺と同じ気持ちだった。
どうして今まで気づかなかったんだろう。なんでこんな簡単なことが見えなかったんだろう。
俺は気がつけば泣いていた。
彼女がどれだけ俺のことを思ってくれていたのか、わかったから。そしてどれほど辛い年月を過ごしてきたか、後悔していたか、わかったから。
ああ、そして今も彼女は何一つ願ったことを口にできない。
それなら俺が―――
『わかった。君の気持ちはよくわかった。今まで見ないふりをしてたのは俺だったんだ。』
ミューがはっとした表情で俺を見る。
『ミュー、これからは俺がずっと側にいる。これは約束だ。誓約じゃない。君や俺を縛るものではない。俺がそうしたいから側にいる。ミューが辛い時、悲しい時、嬉しい時も、君が嫌でもずっといるから、だから――――』
手をそっと握った。
『何も願っては駄目だ。』
あれから俺はその約束を守ってきた。彼女と俺の気持ちに蓋をして過ごせるよう敬語も使ってきた。
でも。
彼女は前に進もうとしている。
初めてのことに挑戦し、奮闘し、過去から飛び立とうとしている。未来を掴もうとしている。
だから俺もそんな彼女の側にいるために、
「もう、何も遠慮はしないから、ミュー。」
彼女とお揃いのバングルを握りしめて、部屋の明かりを消した。