過去との邂逅
翌日の夕方、ミューとアレイディアはトール家を出発し王城に向かった。今夜は『国王陛下即位祝賀会』という名目の夜会が開かれる。トール夫妻も参加するとのことだったが、別の車で向かうことになった。
かなり古い城塞都市であるゾルダークの王都は、敵国の侵入が国境の整備により極端に減少し、今はその歴史的、文化的な価値を持つだけの都市となっている。だが内部には今も所々に防衛のための様々な仕掛けが遺物として残されており、整備をすれば使用できるようなものもいくつかあった。
これまでの街とは全く違う歴史の重みを感じる景色に、車の中でミューは過去を思い出しながら物思いに耽っていた。
(ミトラとこの国の国境整備をしたことがあったな・・・)
三百年ほど前、ミトラと離れてそれぞれの役目を果たしていた頃、ゾルダークが海の向こうからこの大陸にやってきたゴーニッシュという国に侵攻されようとしていた。
当時は国境と言っても大した設備はなく、自然の地形を生かしたり、最低限の柵を張り巡らしたりという程度の対策しかされていなかった。特にゾルダークのような小国は、高い塀を広く建設する余裕がなかったため、王都だけでも死守しようと、この城塞都市が築かれたのだ。
ミトラとここでたまたま再開し、それならば民を守るために協力し合おう、ということになった。
それぞれが考えうる限りの策を練ったが、結果としてとにかく国同士が互いに、物理的に攻め込むことのできない体制を作ることが第一だと話がまとまり、まずは今まさに攻め込まれようとしているゾルダークを守る防御柵を、見えない国境線を作っていこうということになった。
(あの時は喧嘩もしたなあ・・・)
ミトラとは子供の頃からの長い付き合いで、仲の良い兄妹のように育ってきた。
でも“あの”事件があってから居た堪れなくなって距離を置き、何年も離れて行動していた。だから久々に会った彼はとても冷淡で、壁があって、近寄り難かったのを思い出す。
ー ー ー ー ー
再開した日、二人で宿で話をした。彼はその日初めて、それまで二人の間で使ったことのなかった敬語を使って話してきた。
『ねえ、どうして・・・そんなに他人行儀なの?』
『何がですか?』
『ずっと、敬語なんて使ってこなかったじゃない。』
ミトラが黙り込む。
『・・・突き放したのは君でしょ?』
『それは―――』
『それとも何、あれは気の迷いでしたとでもいうつもり?』
下を向いたミトラの肩が、微かに震えている。
『そんなんじゃない!ミトラを、私のせいで縛ってしまったことをどうしても―――自分を・・許せなくて・・・』
私が言葉を見失ったあと、突然ミトラが右手の拳でテーブルをガン!と殴りつけた。
『言ったはずだ。俺がそれを望んだんだと。君が俺を守りたかったように、俺も君を守りたかったんだ。なんでわかってくれないんだ!!』
後にも先にも、あんなに激昂した彼を私は見たことがない。そのまま何も言えずにいると、彼は黙って部屋を出て行ってしまった。
翌日の朝。怖かったけれどどうしてもこのまま終わらせたくなくて、何も言えないのにただ会いたくて、彼の部屋を訪れた。
ミトラは珍しく髪も服も整えておらず、少しぼーっとした表情で私を見つめながら部屋に入れてくれた。
『ミトラ・・・私は・・・口には出せない、でも』
そう言った瞬間、ミトラの頬に涙が一筋流れ落ちた。
彼はその後静かに涙を流し続け、オロオロしている私を見てようやく笑顔になった。そして言った。
『わかった。君の気持ちはよくわかった。今まで見ないふりをしてたのは俺だったんだ。』
ミトラが薄紫色の潤んだ瞳で私を見つめていた。
『ミュー、これからは俺がずっと側にいる。これは約束だ。誓約じゃない。君や俺を縛るものではない。俺がそうしたいから側にいる。ミューが辛い時、悲しい時、嬉しい時も、君が嫌でもずっといるから、だから――――』
私の手を、そっと握った。
『何も願っては駄目だ。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれからずっと、長い長い時を、流星宮のあるあの地で暮らしてきた。何も大きな出来事は起こらなかったけれど、ただ静かに二人で役目を果たす日々を。
「本当の願いを口にしない日々を。」
小さく囁いて目を閉じる。
車はもう、城の目前まで迫っていた。