王都②
王都でお世話になるのはランディエルの友人夫妻が住む邸宅だ。
夫人の方は、リンドアークにある貴族向けの高等学校で共に学んだランディエルの同級生とのこと。
たまたま外遊に来ていたゾルダークの七星貴族と出会い、年の差と国の違いを超え惹かれ合って、卒業と同時に結婚したそうだ。今では夫婦共々コーラル家と仲が良く、今回の滞在の件も二つ返事で引き受けてくれたらしい。
「まあ、こんな遠いところまでよくいらっしゃったわね。さあ荷物は彼らに預けて、中へどうぞ。」
二人は何人もの使用人達が控える屋敷内に迎え入れられ、荷物を手渡した。
目の前にはゆったりと微笑むふっくらとした顔立ちの女性が立っている。彼女はメルーシュク・トール夫人、その少し後ろで夫人を支えるように立っている細身の男性がケンダイン・トール、この家の主人だ。文官のトップとしてゾルダークを支える秀才だが、柔和な表情からは友人の子どもを温かく出迎えてくれる優しい男性にしか見えない。ただよく見ると長年の苦労が刻んだであろう深い皺がいくつか見られた。
アレイディアはゾルダーク国の作法に沿って、丁寧に挨拶を交わし、義妹のミューリエラを二人に紹介する。
―――そして一時間後。
(あっという間に二人を虜にしてしまった・・・)
応接間でお茶を飲みながらトール夫妻と語らい、気付けばミューはまるで親戚の娘かのように二人を笑わせていた。アレイディアはその楽しそうな様子を微笑んで眺めている。
「本当にお二人が我が家に来てくれて嬉しいわ。あらごめんなさいもうこんな時間ね!お二人を全く休ませないままだなんて私ったら恥ずかしいわ。ぜひこの後お部屋でゆっくり休んでくださいな。後ほど一緒に夕食をいただきましょう?」
優しい夫人の言葉でその場は解散し、それぞれの部屋に案内されることになった。
部屋に入りバルコニーに出ると、綺麗な夕焼けが城壁の向こうに沈もうとしていた。アレイディアは上着を脱いで腕に抱え、着替えて休もうと振り返ると、隣のバルコニーにミューが佇んでいた。
彼女もまた、あの夕日を眺めていたのだろうか。
「ミューラ。」
ミューがゆっくりとアレイディアの方に振り向く。強い風が彼女の滑らかに輝く黒髪を乱し、白く細い手がそっとそれを押さえる。
「・・・きれいだ。」
聞こえてしまっただろうか。この想いが聞こえて心を乱したいという気持ちと、自分の想いから彼女の耳を塞いで守りたいという気持ちが、せめぎ合う。
「お義兄様、何か言った?」
聞こえなかったのか。それでいい。でも・・・
「いや、何でもないよ。ゆっくり休んで。」
そう言ってアレイディアは兄としての微笑みを残し、部屋に戻った。
(聞こえてしまったの、アレイディア―――)
一人残されたミューは、やり切れない気持ちを抱えたまま、夕日が沈んでしまった空の余韻を肌で感じていた。