王都①
朝の話し合いは予定通り終了し、アレイディアはミトラが用意してくれた新しい車に荷物を運び入れた。予定より半日ほど遅れているが、このまま行けば初日の即位祝賀会には十分間に合うように王都に到着するだろう。
それにしても、とアレイディアは先ほどの話し合いを振り返る。
(朝の二人の様子はおかしかった。)
ミトラは表情や態度はいつも通りだったが、なぜかとても機嫌がいいように感じた。ミューの方も無表情ではあったが、これまで感じたことのない色香のようなものが漂ってきていた。アレイディアはその恐るべき誘惑に飲み込まれそうになったのをふと思い出す。
(俺はよくあれに耐えたと思う・・・)
ではミトラは?
アレイディアが部屋に入る前に二人に起こったかも知れないことがいくつか頭に過ったが、それ以上考えたくないなと頭を振って、荷物の運び込みを続けた。
ミトラとは宿で別れ、ミューとアレイディアは共に再び車での旅を再開することとなった。四人の騎士たちはもちろん、ずっと一緒だった馭者も元気を取り戻したようで、引き続き仕事を続けてくれると約束してくれた。
「ミューリエラ。」
「・・・はい、お義兄様。」
「色々と、すまなかった。」
「!」
ミューが目を丸くする。
「今からは本当の兄だと思って、何でも頼ってくれ。その・・・君を諦めた訳じゃない。だが、今は困らせることはしたくないんだ。」
アレイディアの必死の想いが少しずつミューに届く。
「お義兄様、ありがとう。」
ミューの柔らかい笑顔に、アレイディアは胸が締め付けられる。もっと近付きたい。あの柔らかな身体をもう一度抱きしめたい。
(だが今は、良き兄でいよう。)
「さあ、あと少しでゾルダークの王都だ。ミューリエラ、悪巧みを始めようか。」
「うふふ、そうね。悪いお義兄様!」
二人でニヤリと笑い合う。窓からの光が、二人を優しく照らしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数時間後、ようやくミュー達はゾルダーク国の王都に辿り着いた。
途中、ごろつき達の襲撃や野生動物との遭遇などハプニングも起きかけたが、昨日本来の力の一部をアレイディアの前で出し切ったミューに怖いものはなかった。車の中にいながら、軽い手の振りだけで薙ぎ払い、行手を邪魔する者は全て、一瞬で居なくなった。殺したりはしていないようだがしばらくは動けない状態になっていることだろう。ちなみに対処が早すぎて騎士達が何事か気づく暇も無かったことは幸いだった。
アレイディアもミューの容赦のない力の振るい方に最初はかなり驚いていたが、途中からは窓の外を確認することもなくなり、優雅に本を読み始めてしまう始末だった。
「慣れって怖いよね。」
と遠くを見ながら言っていたので、ミューは聞かなかったことにしてアレイディアから目を背けた。
そんなこともありつつ割と平穏無事に到着したゾルダークの王都は、高い城壁に囲まれたかなり大規模な城塞都市だった。
城壁の内側、壁の周辺には木造の二、三階建ての建物がびっしりと並んでいる。建物そのものに色は少なく、部分的にレンガやタイルなど思い思いの装飾を付けて個性を出した家が多い。曲がりくねった道を進み更に都市の内部に入っていくと、少しずつ高台になっていき、その先に重厚な造りの王城が見えた。
「今日は王城近くにある、母の友人の貴族の家に向かう。母の信頼できる友人の一人だから安心して過ごしてほしい。」
すっかり兄らしくなったアレイディアに、ミューは目を細めて笑顔で感謝を伝える。アレイディアの方はその度に心臓を掴まれたような気持ちになるが、できるだけその気持ちを兄としての笑顔で覆い隠していった。
ランディエルの友人宅は、とても優雅な白亜の豪邸だった。貴族達が暮らす地域の一角にあり、この周辺はどこも趣向を凝らした邸宅が並んでいて、ミューは目を奪われる。
「ミューリエラは庭が好きなんだね。」
アレイディアが眩しそうなものを見るようにミューを見つめ、声をかけた。庭は広くはないが、手入れの行き届いた美しい花々で溢れている。
「ええ、お義兄様。私が住んでいる所にも素敵な中庭があるの。」
「そうか。ぜひ一度見てみたいな。」
そんな兄妹らしいやり取りをしながら、庭の先にある邸宅へと足を運んだ。