九星会議
会議は昼過ぎから始まり、早速紛糾していた。人が何十人か入って会議ができるほどの広さの部屋に、たった九人というもったいない空間の使い方だ。しかし白熱する議論により、この広い空間はすぐさま熱気に満ちていく。
「このままではまず隣国のマーレンが確実に脅かされます!」
「好戦的な姿勢をこうもあからさまに見せているのであればこちらも必要な対処をすべきでは?もうかなりの兵が国境付近に送られているとも聞いておりますぞ!」
「しかし協定がある。ミトラ殿の境界もそう簡単には破られまい。まだ実害がない以上こちらも警告以外の処置はできない・・・。」
九人の王達は小国ゾルダークの新しい王の危険性と今後の対応についての緊急会議を開いていた。王達はすぐにゾルダーク王に制裁を下すべきだという主張と、もう少し様子を見るべきだという主張に分かれ、結論が出ないまま時間だけが過ぎていく。
「リンドアーク王はまだ意見を出しておられない!いかがお考えか?」
襟の高い、白く長い服の上に濃い焦茶と金の刺繍で彩られた長い帯のようなものを両肩から流すように掛けた王が、強くリンドアーク王に詰め寄った。王達はそれぞれの国旗の色を基本とした布を長いローブの上に重ねて着用するこの星の正装に身を包んでいる。声の主は肥沃な土地と豊かな農産物を産業の基礎とするテラトラリアの王だ。
その様子を落ち着いた表情で少し見つめた後、リンドアーク王は両手を組んで全員が着席している大きな机に肘をつき、強い目線で全体を見渡した。彼もまた上品な銀の刺繍が襟に縫い込まれた白いローブと、対比が眩い真紅の帯を身につけている。
「確かに、私たち九星の王は特殊な権限を持っている。」
穏やかだが強い意志の感じられる声に、他の王達は静まり返った。
「とはいえ本来であればそう簡単に――実害がある前に他国に制裁を加えることなどできない。原則、八星協定に従い各国が行動すべきところだが、今回はこのまま事態が進めば、何かしらの制裁を下さざるを得ないだろう。」
カタン、と小さく椅子が動く音だけが響く。
「なぜなら今回、禁忌の力を使うものがゾルダークに力を貸している、という情報が入ったからだ。」
耳を疑うような話に、衝撃が走る。
「それは誠の話ですか?」
「禁忌の力を一国の王が利用するなどと・・・」
「リンドアーク王、何か証拠を掴んでいるのですか?」
その時、音も立てず現れた薄く緑がかった光を放つ青年が、おもむろに机に手を乗せた。触れた所から机全体、そして机から広い室内全体に静かな見えない波が広がっていく。その場の誰もがその不思議な力を感じ、緊迫と混乱に支配されていた空気がスッと収まっていった。
「ミトラ殿、ありがとう。」
リンドアーク王が笑顔を向けた先には、机からそっと手を離すミトラの姿があった。その身体からはすでに緑がかった光が消えている。
「いえ。それよりも今回の件、一旦私に預からせていただけますか?」
ミトラの一言は王達を動揺させるに足るものであったが、一度収まった静けさをかき消す声はなかった。
「それはつまり・・・守り人様が動いてくださる、ということでしょうか?」
リンドアーク王は真っ直ぐミトラを見据えた。ミトラは無反応だが、なんの反応もないことを肯定と受け止めたのか、リンドアーク王は黙って資料を片付け立ち上がった。
「この件は緊急だがそれ以上に慎重に扱わなければまずい案件だ。だからこそ今回は一度ミトラ殿に任せたいと思う。もちろん動きがあれば情報をいただき、最終的な行動決定は全体で、私たち九星で行いたい。異存はないだろうか。」
リンドアーク王の言葉にミトラ以外の全王が頷き、一人、また一人と会議室を後にした。