ゾルダークへ/三日目②
そこはシグラリアという名前の大きな街だった。
大雨のせいで人出は少ないようだったが、カラフルな建物の一階部分は様々な店舗がひしめき合っている。窓から見える店の中はどこも楽しそうな雰囲気だ。
(ここを見て回るだけでも楽しそうだけど、今回は食事だけね。いつかまたライラと来たいわ。)
ミュー達はそのうちの一軒で簡単な食事をとると、外に出た時にはあの大雨が上がっていた。まだ空は暗い雲に覆われてはいるが、雨が止んだだけでもありがたい。
昨夜ミトラとも少しバングルを通して話をしたが、今のところ順調に進んでいる。このまま行けば特に問題なく今日中に王都に到着するだろう。
(ミトラにこんなに会わないのも久しぶりね。)
ミューは胸をそっと押さえてミトラのことを想った。立ち並ぶ明るい光に溢れた店の窓に、小さな女の子のように寂しそうな顔の自分が映っているのを見て驚く。しっかりしなければ、と気合いを入れ直し、通りの外れに置いてある車まで少し早足で戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大きな通りの外れまで歩き、角を右に曲がると車の置いてある広場に着く。もうすぐ曲がるという所でその角の向こうから男性騎士の一人テオニタスが慌てた様子で走ってきてぶつかりそうになった。
ライラがさっとミューを庇い衝突は避けられたが、テオニタスは顔を真っ青にして叫んだ。
「アレイディア様、ミューリエラ様大変です!お車が、お車が燃えております!!」
「え?」
「うそ!?」
その場の全員が一瞬動揺して固まるが、アレイディアはすぐに我に返り、
「すぐ車に向かう!」
と言ってテオニタスと一緒に走っていく。ミューとライラ、もう一人の女性騎士のジェンナーも顔を見合わせて車のある広場に走って向かった。
広場には何台かの同じような車が乗り入れていたが、既にどの車も火の海になっていた。風がないため今はまだ周りの建物への延焼は無いようだが、いつ火が移ってもおかしくない状況だ。車の持ち主や馭者達が皆怯えたようにこの惨状を呆然と見つめている。
「誰か、水を動かせる者は居ないか!」
アレイディアがすかさず周囲に呼びかけるが誰からも反応がない。強い天力は貴族や騎士達五星以上が持っていることが多いため、この辺りにいる可能性はかなり低いだろう。
(どうする?今力を使うべき?でもゾルダークでの設定が変わってしまう?)
ミューは一瞬悩んだが、初心に帰る。
(私が守るべきはこの星と民。私自身の立場じゃない。)
「アレイディア。」
力強い彼女の声がアレイディアをはっとさせた。
「私がなんとかするわ。その代わりみんなを避難させて。」
「ミューラ、しかし!」
「いいから行きなさい、アレイディア。」
ミューの声が、聞いたこともないような厳かな声が、彼を突き動かした。
「全員退避だ!!」
アレイディアの一声で怯えていた住人も馭者や騎士達も、車の所有者と思われる商人達も全員その広場から避難をしていく。先頭をアレイディアの騎士達が担い、最後にアレイディアが残った。
「ミュー?いったい何を・・・」
言葉が途絶える。
ミューが手をスッと上に上げると頭上に雲が黒々と巻き起こり、大きな雷が空を轟音と共に駆け抜けた。目が眩むような光は空を裂き、大地が揺れるほどの爆音が辺りに響き渡る。そしてその瞬間、大水量の滝のような大雨が、一気に、そこに降り注いだ―――
目が眩み、顔を覆っていたアレイディアが、辺りが静かになったのを感じて目を開ける。ぴちゃっ、ぴちゃっという水の音だけがその場に響く。
目の前には燃え残った車の残骸と、水浸しになったミューの現実離れした神々しい後ろ姿だけがそこにあった。
アレイディアはその日、ミューが恐ろしいほど遠い存在であることを、嫌と言うほど思い知った。