ゾルダークへ/二日目②
日の光が十分に差し込む森の中。細く清らかな川が流れる側で火を焚き、簡単な昼ご飯を済ませて車内に戻る。そこから二時間ほど進み、ついに国境に到着した。
どの国でも国境には必ず塀や柵があるという訳ではなく、天力で境界線を区切っていることが多い。当然国全体を守る必要があるため広範囲にその大きな力を行き渡らせる必要があり、その一端をミトラが担っている。星全体の平和のためにミトラが行う仕事の一つだ。
「ここがマーレンの関所・・・。」
大きな石造りの門が目の前に聳え立っており、門番らしき兵が二人そばに控えている。門自体は扉が全開になっているが、正式な許可証と門番の許可が無ければ一切通ることができないらしい。
ライラメアが全員分の許可証を提出し、四角く削られた半透明の石の上にそれらを置いた。すると何かモヤッとした感覚が晴れて、門番が持っていた大きな旗を振った。今度はそれまで微かに感じていたピリピリとした感覚が薄れ、何事もなく門を通過することができた。
「ミューラ様、ここからは少し高地となり、夜になると段々冷えて参ります。どうぞ暖かいお召し物をご用意ください。」
ライラメアは侍女などが付いていないミューに気を遣って何くれと世話を焼いてくれるようになった。ほっこりとした気持ちになり、
「ありがとう、大好きよライラ!」
と車の中から伝えると、ライラメアは嬉しそうにはにかんだ。
「羨ましい・・・」
という言葉が微かに前から聞こえたような気がしたが、ミューは気のせいに違いないと思うようにした。
関所を過ぎてまた二時間ほど経った頃、ようやく眼下に街並みが見えてきた。コリノよりも小規模な街のここには大きい宿はなく、同じ宿を取ることが出来なかったため、ミューとアレイディアは騎士達と別の宿に宿泊することになった。
「ミューラ、俺の部屋は隣だから、何かあれば必ず呼んでほしい。もちろん外に行く場合も。バングルでも構わないができれば直接声をかけてくれ。ああ、それと夕食は外に出よう。母からお勧めの店があると聞いて行ってみたかったんだ。いいかな?」
ミューはアレイディアの真面目な様子に安心し、わかりましたと大きく頷き部屋に入る。
気付かない内に長距離移動の疲れが出ていたようで、手洗いをして柔らかくふんわりとした素材の白いワンピースに着替えたところで一気に眠気が襲ってくる。胸元が広めに取られているのでゆったりとした気分が増していく。
昨日よりもこじんまりとした部屋だがベッドもシーツも良質なもののようで、ミューはその気持ち良さに吸い込まれ、少しだけ・・・と思いながら倒れ込むようにベッドで意識を手放した。
―――コンコンコン、と聞き慣れたノックの音に目を覚まして時計を見ると、もう一時間以上経過していたらしい。ミューは慌てて起きると寝ぼけ眼でドアを開け、その日一番の後悔をすることになった。
「お義兄様?ごめんなさい、ついうとうとしてしまって・・・もしかしてもう夕食の時間かしら?」
アレイディアがドアの前で固まっている。
「?」
ミューがまだ寝ぼけたまま不思議そうにアレイディアを見つめていると、彼が右手で両目を塞いで上を向いた。
「そんな格好で、仮にも君に迫っている男の前に、そんな起き抜けの無防備な顔と姿で出るのはお勧めしない。」
アレイディアの言葉にミューは一瞬で目を覚まし、
「ごめんなさい!ちょっと、待っていてください!」
と小さく叫んでそっとドアを閉めた。
数分後。
貴族子女向けの落ち着いた色の外出着に着替え、すました顔でそーっとドアを開けると、少し目を泳がせたアレイディアがドアの横に立って待っていた。
「お義兄様、お待たせしました。」
「ああ。・・・その、これは今までの俺への仕返しかな?」
目も合わさずにそう言った後、チラッとミューの方を見て照れたように笑う。ミューはその表情を見て目を見開く。
(ああ、これはもう重症だわ・・・どうしたものかしら・・・)
ミューはアレイディアの本気を思い知り、深く深くため息をついた。