ゾルダークへ/二日目①
初日は宿で食事をとり、六人で今後についての話し合いをした後就寝。翌朝すぐに出発した。ライラメアには明日以降、部屋の外に出る時は必ず声を掛ける代わりにドアの外での警護を辞めてもらった。
ちなみにもう一人の女性騎士はライラメアより少し年上の女性で彼女の上官だったため、任務中であるという姿勢が崩しにくかったのか、それ以上ミューと仲が深まることもなく過ごしている。ただとても職務に忠実で、剣の腕は男性陣に引けを取らない。そういった面ではミューは全幅の信頼を置いていた。
二人の若い男性騎士は主にアレイディアの警護を担当しているが、どちらかというとアレイディアの部下に近いような扱いに見えた。いくつか指示を出されて動いている様子だったが、それについてはミューは特に関知せず、自らの準備と移動の疲れを溜めないことを念頭において行動した。
コリノを出てから数時間が経過し、いよいよ隣国マーレンに入国する。
マーレンは今まさにゾルダークの侵攻が始まるのではないかということで、国全体がピリピリとした緊張感に包まれているらしい。それでも小国ゾルダークに比べれば、倍ほどの兵力と広い領土を持ち、農業、観光業で潤う大国である。そう易々と戦争に負けるとは誰も考えていないようだった。
ただ、やはり戦争が始まれば特に観光業は少なくない打撃を受けることだろう。そして国内が戦火に巻き込まれれば、この国が大切にしている高く連なる山々や雄大な川、深い渓谷、そしてそこに息づく素晴らしい自然が破壊される恐れもある。
この自然をどうにかして守りたいと、出立前にミトラと話し合った。そして彼がその日、いつになく優しく頭を撫でてくれたことを思い出す。
「ミューラ、顔が赤いけど大丈夫?」
アレイディアが昨日とは違い少し離れた前方の席から後ろを振り返り、手に持った本を指で挟んでミューの顔を見つめていた。ミューは現実に引き戻される。
「大丈夫です、ごめんなさい心配かけて。なんでもないの。」
アレイディアの声に気付き、ミューが冷静さを装いながら微笑んだ。
「そうか。長旅なんだからきつかったら必ず教えてくれ。」
アレイディアは心配そうにそう言うと、そのまま前を向いて再び持っていた本に目を落とした。
(おかしい。最近のアレイディアにしては何もない。いや、無い方がいいんだけどそれはそれで気になるというかこれは罠!?)
ミューがあれこれ思案している様子が伝わったのか、アレイディアにどうしたのと再び声をかけられる。
そのちょっと得意げな表情を見て、ミューはあっさり罠に嵌まった自分に気づき、真顔でアレイディアに「なんでもありません」と答えることしかできなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アレイディアは前に向き直ってほくそ笑む。じわじわと彼女を包囲している実感があるが、焦っては駄目だ。
(それにしても動揺した顔、可愛かったな。)
少し引いてみる時間も必要かと思い、今回はあえて彼女に近付かない戦略を採った。彼女が精一杯無表情を装い動揺してくれた様子を見て、内心嬉しさが止まらない。
だが、とアレイディアは気を引き締める。
(さっきの頬を赤らめた顔は、俺では無い誰かを思い出した顔だろう。)
わかっている。おそらく銀髪のあの男だ。彼女を、ミューをあんな表情にさせるのはあいつだけだと今はわかっている。だからこそ、焦ってはならない。
着実に、彼女が俺の罠からもう逃げられなくなるまで。
(必ず俺のところに落ちておいで。)
アレイディアはミューの表情を思い浮かべながら本に目を戻した。