ゾルダークへ/一日目①
出発の朝はどんよりと暗い雲が垂れ込めていた。暑さは和らいでいるが湿気の強さに辟易してしまう。
ミューはさらっとした肌触りの夏向けの水色の布と貴族子女らしい美しいレースが上品に使われた装いに身を包み、天力で動く車に乗り込んで車の窓を開けた。
この車は貴族の家には大体一台か二台は置いてあるらしいが、車を動かす者が天力を使うのではなく、車に力を貯めておいて動かすことになるらしい。一度動力源となる力を貯めておけば一日二日は問題なく動くので、通常どのルートを通りどこで力を注入してもらい進んでいくかを計画してから出発することになる。
ただ今回は『電力』持ちのアレイディアが力を貯めることができるため、さほどルートを意識せずに進むことが出来るらしい。
ミューはそんな話をつらつらと思い出しながら、アレイディアを意識しないように窓の外に目を向けていた。
車内は思った以上に広く、一番前はしっかりと仕切りのある馭者席(車を操作する様々な装置がついているらしい)、その後ろに今座っている座席がある。
内装は薄いグリーンの上品な柄が入った布貼りになっており、ランディエルの好みなのだろうと想像した。座席は前方後方二つに分かれ、真ん中が通路になっておりその両側に向かい合わせの席が計四箇所配置されている。出入りは一番後ろの扉からだ。
「ミュー。」
「・・・その呼び方はおやめください。」
目も合わさずに返事をする。なぜかこんなに広い車内で目の前にアレイディアが座っている。少し冷たいかもと思わないでもないが、ここで隙を見せるわけにはいかない、とミューは心を鬼にする。
「そんなに嫌かい?」
「ええ、ミューラとお呼びください。」
「あまり変わり映えはしないけど。まあ仕方ないね。」
アレイディアの表情は見えないと言うより見ないようにしているが、何か余裕を感じさせる声色だ。窓の外は少しずつ緑が増えていく。
「向こうではまずゾルダークの王に挨拶をすることになる。王室主催の夜会が最初に開催されるらしい。陛下が直接伺えない理由を記した書状は先に送ってあるから、陛下の甥としてご挨拶をという流れは問題ないだろう。ただ、ゾルダークの王がそれをよしとするのかどうかはわからない。出来る限り波風は立てたくないが、六星という立場がどう響くか、様子を見ながら動きを決めよう。」
仕事モードに入ったアレイディアの様子に少しほっとして目を向けると、鋭い視線が交わった。
「なに?ちょっと仕事の話になったからって安心した?」
「お義兄様、本当にいい性格してますね。」
「いいね!そういう軽口は大歓迎!もっと仲良くなりたいよ。」
「結構です。」
ミューはムッとした顔をしたものの、ふざけたやりとりにちょっと気が抜けて、二人で吹き出してしまう。
「色々思うところはあると思うけど、仕事はきちんとするし君のことも約束通り見守る。仕事中は気持ちの切り替えができるから心配しなくていい。ただ・・・」
アレイディアはそっとミューの手を握る。
「お義兄様!?」
覗き込むような目線は心臓に悪い。
「仕事以外の時間は俺の好きにするから。」
ミューは小さく力を使って手をふりほどく。アレイディアは少しだけ驚いたような顔で自分の手を見つめていた。
「へえ、すごいね。やっぱり君は只者じゃない。わかってたけど。更に興味が湧くね。」
ミューはそれに返事をせず再び窓の外に目を向けた。そこから暫くの間、二人は無言で車に揺られていた。