事件後
テッセ村での事件はあれから王の耳にも報告が入り、ミューからの知らせも受けた上で、リンドアーク王は臣下に適切な指示を出していった。火事による怪我人はおらず、水の件はミューの話を元にこれ以上は調査しないことになったらしい。
アレイディアはまたもや転送されてしまった『赤き剣』の拠点にて、予定通りその後の日程や細かい動きの確認をしていった。まずは貴族としての立場でゾルダーク国に正規ルートで入り、社交界での動きや異変を調査すること。そこで何も掴めなければ、一旦帰国してからゾルダーク国内の星宮に転送陣で移動し、庶民が暮らす街の中の異変を探ることに決まった。
そしてミューは、アレイディアからの追求を辛くも躱すことができたものの、ミトラの「詳細を話すまで逃しません」オーラに陥落し、今まさにミトラの部屋で説教待ちとなっている。
バタン、とドアが閉まり、ミューは小さな声で「うっ」とうめき声を漏らした。
「それで、今朝はどちらに?」
「えっ?」
ミトラがまだ敬語を使っている。これは生き残りの道が残されていると希望を抱きつつ、ミトラの様子をチラッと窺う。ただ残念なことに彼はもうじわじわとお説教モードに突入しつつあるようだ。
「ですから、私に内緒でどちらに行かれていたんです?」
ミトラはなぜかゆっくりと襟元のボタンを外しながらミューに近づいてくる。窓のそばまで追い詰められ、ミューは窓際の椅子に思わず座ってしまった。
「ちょ、ちょっと落ち着いてミトラ!別に内緒にしていたわけではないよ!ちゃんと話すから!」
ミューが慌てて両手でミトラのお腹辺りを押し返すと、ミトラは軽くため息をついて近くのベッドに腰掛けた。
「私は落ち着いていますよ。さあどうぞご説明を。」
ミトラがじっと見つめてくるが、ミューは視線を外して事情を説明した。無茶はしてないのだから問題は無いはずだ。
「なるほど。今回の溜池に関してはゾルダークの件とは関係なさそうですね。おそらく近くの住人も、気持ち悪さを感じて長年その池には近寄っていなかったのでしょう。力も弱く、水に触れさえしなければ害が無かったのに、消火のために使われて人がそれを浴びてしまった、ということでしょうね。」
「そうね。まあ、偶然にもこうして発覚したのは良かったことだし、何よりもアレイディアの直感の強さがわかったことは、大きな収穫だったわ。」
ミューは頷きながら微笑んでいたが、次のミトラの言葉に、今自分がどれほどまずい場所にいるか再び思い知らされることになる。
「ああ、アレイディアといえば、何度もってあの話、何?」
ミューは動きを止める。ミトラがベッドから立ち上がってこちらに向かってくる。
「えっ?えっとそれは・・・一緒に転送されてきちゃったりとか、誤魔化したりとかが、何度もってことでは・・・?」
近付いてくるミトラのただならぬ気配が一気にミューを絡めとる。気がつけば彼女のすぐ前に居て、少ししゃがみながら目をじっと見つめていた。
「何であんなにしっかりと手を握り合っていたのかな?しかも、何度も?」
「ち、違う違う!握り合ってないです!いやほらそこは彼もまだ転送とか慣れていないから思わず掴んじゃたんじゃないかなというかどうしてそれを私はミトラに責められてるの!?」
ミトラの右手の親指が一瞬だけ、ミューの頬を優しくなぞるように触れて、すぐ離れる。
「ねえそれ、本当に聞きたい?」
ミューは少し苦しそうに目を伏せる。フワッと彼女の周りに風が流れ、長い白銀の髪がミトラの頬を撫でる。
「今は、何も聞きたくない。」
「知ってる。それでも時々俺は・・・」
ミトラは少し悲しそうな微笑みを浮かべた後、ミューの肩にそっと手を置いてから静かに部屋を出ていった。残されたミューの髪色は黒く、暗くその肩を覆っていた。