最初の事件③
日が高くなり気温が上がってきている。
溜池に向かう道は緩やかな下り坂だ。この道は狭い一本道で溜池にしかつながっていない。バケツは空になっていた。
アレイディアが真相を知ろうと彼女に近づこうとした時、ようやくミューが声を発した。
「とりあえずここを移動しましょう。もうやるべきことは終えたから。」
バケツを片手で抱え横を通り抜けようとしたミューの手首を、アレイディアは無意識に掴んだ。
「えっ、ちょっと・・・?」
ミューの小さな驚きの声は、耳に涼やかに響く。心をざわめかせる声がアレイディアの胸に波紋を広げた。
「あ、ああ、すまない。」
動揺して手首を離し、アレイディアは彼女に謝った。ミューは小さく微笑んで何も言わないままアレイディアが来た道を戻っていく。彼もその少し後ろをゆっくり歩いていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらく歩いて行くと、人気のない森の中に分け入っていくミューの姿が見えた。
アレイディアが不思議そうに「モーラさん?」と声を掛けると、彼女が振り返って手招きしている。素直に近くまで寄っていくと、あの黒いカードが再び彼女の手の上にあった。
「一緒にカードに触れてください。あなたが鍵になっているので。」
と意味不明なことを言われたが、もうどうにでもなれ!という気持ちでアレイディアは彼女の華奢な右手ごと、カードを握りしめた―――
そして気がつくとまた『赤き剣』の拠点に舞い戻っていた。
さすがにもう驚きの気持ちも尽きてきたアレイディアは、ミューの手を握りしめたままであることも忘れ、ため息をついて辺りを見渡した。
するとそこには無表情の銀髪の男が、男でも見惚れてしまうほどの色気を醸し出しながら壁に寄りかかって何かを見つめていた。
(ん?何だ、俺の手を見てる・・あ!)
アレイディアはミトラの視線を追っていってようやくミューの手を握ったままだったことに気づき、慌てて手を離した。
「何度もすまない。」
真剣に謝った。顔が少し赤くなる。
「いえ、転送に必要でしたからお気になさらず。」
ミューは特に表情を変えず、バケツ持ってきちゃったわ、と呟いている。
「何度も?」
ミトラの視線がアレイディアに刺さる。アレイディアはこれ以上余計なことを言うまいと口を閉ざした。