始まりの時
「従者の方々はこちらの部屋でお待ちください。」
そう声を掛けてゆっくりとお辞儀をした髪の美しい青年は、頭を上げるとその銀色の髪が霞むほどの麗しい顔を周囲に向けた。
何処からともなく、ほうというため息や小さな賞賛の声が漏れ聞こえてくる。青年を見慣れた者もそうでない者も、男も女も関係なく彼の彫刻のような絶対的な美しさに目を奪われていく。そんな光景はもはや彼にとって当たり前なのか、注目を浴びていることなど全く意にも介さず、静かにそこを立ち去った。
「今日の会議では新しい王が参加されると聞きましたが、どこの国の方でしょうな。」
しばらくすると、背の小さい、体つきのがっちりとした従者の一人が、隣に居た別の国の従者に声を掛けた。
「ええ、ええ。なんでもフォーリアム大陸の西の海に近い、ゾルダークの王だとか。前王は先月病で急に倒れられてそのまま・・・」
青年の美の呪縛から解き放たれた従者達は、思い思いに寛ぎ、噂話に花を咲かせていった。
盛り上がる従者達の部屋を出た銀髪の青年は、心地よい風に導かれるように歩き出した。その廊下の先には美しい花々で彩られた秘密の中庭が待っている。
「ミトラ殿。」
背後から低く穏やかな声で話しかけられ、ゆっくりと後ろを振り返る。するとそこには一人の大柄な王の姿があった。
「リンドアーク王、ご無沙汰しております。」
ミトラと呼ばれた青年は、微かな笑顔で呼びかけに答えた。手には書類の束を抱えたまま、王と呼んだ存在に特に畏まることもなく、淡々と次の言葉を待った。
「こちらこそご無沙汰しておりました。お元気そうで何よりです。ところでミトラ殿は、新しい王のことはもう耳にされているかな。」
その言葉にミトラは小さく頷く。
「はい、存じております。そういえば先ほども従者の方々が早速噂をされていたようですね。」
特に関心も無い様子でそう答えると、
「・・・その新しい王については、この後九星会議にかけたいのだが・・・。」
と、表情を変えることなく王は小さな声で依頼を口にした。
ミトラもまた、特に考える素振りも見せず即答する。
「承知しました。では八星会議の前に時間を設けます。昼食後すぐに。他の九星の王の皆さんにはリンドアーク王からお伝え願えますか。」
「ありがとう。もちろんだとも。迅速な対応に感謝する。」
リンドアーク王は笑顔でそう告げると、足早にその場を離れた。
ミトラの美しい顔にうっすらと疲労の色が浮かび、すぐに消えた。手にした書類を抱え直し、精神の安定を求めるかのように先ほど辿り着けなかった中庭に再び足を向けた。