怪しい依頼と新しい部下②
暫くして気を取り直した様子のアレイディアは、握りしめていたペーパーウェイトを元に戻し、もう一つの大事な話に斬り込んだ。
「それとそちらの女性を私の部下にとはどういうことですか?唐突にそんなことを言われてはいそうですかと受け入れるつもりは毛頭ありません。私を納得させるだけの理由がお有りなんでしょうね?」
アレイディアが高圧的な態度で睨みつけるようにミトラとミューにそう投げかけると、ミトラは回していたペンを地図の上にそっと置き、椅子に腰掛けた。その表情からは全く考えが読めず、アレイディアの警戒心が強まる。
「納得されるかどうかは問題ではありません。今回の依頼には絶対に彼女が必要なので。」
「部下でなくてもよいのでは?」
「部下でないのに任務の話ができるのですか?信頼と協力体制が不可欠な依頼ですよ?」
「今回限りの協力者ということで良いではないか。」
「彼女は諜報活動は素人です。あなたの指導が必要です。」
「何でそんな素人をこんな危ない任務に送り込むのですか!?」
「まあ、最悪潜入に失敗しても彼女はどうにか押し切れるので、いいかなと。」
「なんだそれは・・・。」
口論が激化するかと思いきや突然失速した。なぜかミューは自分が悪いような気がして居心地が悪くなる。
「あの・・・」
おずおずと右手を上げ、ミューが話し合いへの参加を希望する。
「そろそろ私、発言しても宜しいでしょうか?」
上目遣いでミトラに許しを乞うと、なぜか目を背けられてしまう。
「・・・はい。具体的な調査内容についてはモーラからお願いします。」
ミトラは話しながら地図を手早く片付けるとペーパーウェイトを全て端に寄せた。どうやらアレイディアの手の届かない所に置きたかったようだ。ミューはそれを横目で確認すると、アレイディアの方に顔を向ける。
「わかりました。ではアレイディア様、もう一度自己紹介をさせてください。私の名前はモーラ・ミュラー・・・ということにしておいてください。本名でないことは特に問題ではありませんね?」
「それは、まあ、陛下がわかっていらっしゃるのであれば私は構いません。」
少し不機嫌な様子も窺えたが、アレイディアは今はなんとか冷静さを保っているようだ。
「ありがとうございます。それで何をしていただきたいかというと、ゾルダークであなたが感じる小さな異変を集めていただきたいのです。」
アレイディアの目がミューを凝視する。
「それ自体は問題ありません。そんな仕事ばかりですから。ですが具体的にあなた方は何を発見したいとお考えですか?」
ミューは不意に、蕩けるような微笑みを見せた。
「禁忌の力の出処です。見つけられますか?」
アレイディアは全身が硬直した。彼女の放つ何かが、彼に呼吸を一瞬忘れさせた。
「・・・はい。時間をいただければ。」
「まあ、ありがとうございます!時間がかかることは織り込み済みですから問題ありません。」
ミューの感謝の言葉がアレイディアの耳をすり抜けていく。
彼女から目を離すことができないまま、彼女の醸し出す何か大きな力に浸っていた。恍惚とした気持ちとここにいてはいけないという畏れの気持ちが、波のようにアレイディアの心を揺らがせる。
すると不意にミトラが立ち上がり、円卓に手を載せた。微かな光を感じたような気もしたが、アレイディアが気づいたときにはもうその不思議な力はどこにも感じられず、普段の落ち着きを取り戻して椅子に座っているだけだった。
「細かい部分は追々会議をしながら詰めていきましょう。今日は顔合わせということで、一旦解散にします。客人のお二人はこの後お部屋に案内させますので、もう少々お待ちください。」
ようやく口を開いたリンドアーク王は、アレイディアをチラッと見てから立ち上がり、笑顔のまま部屋を出て行った。