愛する人の願いを
ミトラはもう一度、島を訪れた。今度は一人きりで歩いている。
ミューと歩いた道、話したこと、優しい笑顔、そしてあの温もり・・・全てを思い出し、思い出せたことでわかってしまった。
―――ミューが、セトラに還ったことを。
その事実が、一旦はミトラを絶望の底に突き落とした。だがその手に握りしめた鈴が、まだ光り続けている。それがなぜか、彼女の鈴と共鳴しているような気がしてならなかった。
そして再び、大樹を仰ぎ見る。
あれほど美しく輝いていた光の珠は、一つも光を放っていなかった。枝葉は弱り、根元に咲き乱れていた可憐な花々は全て散っていた。
(ミューの中にあった、あの力を吸収したからなのか?)
わからないことだらけだったが、ミューがどこかで生きていることだけは、信じて疑わなかった。
(絶対に彼女を見つけてみせる!)
大樹の前で祈りを捧げても、辺りを巡っても、枯れかけた姿や萎れている花々しか目に入ってこない。何も手がかりが見つからないまま、ミトラはしばらく大樹の近くを彷徨い歩いていた。日は既に落ち、辺りは暗闇に包まれかけていた。
そしてふと、その弱った幹に手が触れた時、鈴の音が聞こえた気がして立ち止まった。
ハッとして耳を澄ます。
(何も聞こえない・・・)
それでもこの音を決して逃してはいけないと、繰り返し幹に触れ、周りをグルグルと何度も歩いた。
(駄目か・・・気のせいだったのか?)
「ミュー・・・そこにいたら返事をしてほしい。もうあんな思いはしたくないんだ。君を二度と失いたくない。皺くちゃになるまで一緒にいるって約束しただろ?いつまでも頬に触れて、君と美味しいごはんを食べて、何気ない話をするんだろ?約束したじゃないか!約束・・・したのに・・・」
ミトラは血が滲むほど両手を幹に打ち付けながら、膝から崩れ落ちた。
そして、その手から、鈴が滑り落ちる。
チリンチリンチリンチリーン・・・
少し下まで転がっていき、ミトラは振り返って力なく鈴を取りに降りていった。小さな光で足元を照らす。そして鈴を拾い上げた瞬間、さっきまでミトラが縋り付いていた幹の辺りに亀裂が入る。
バキバキッ、という強烈な音と共に幹が縦にいく筋も裂け、ミトラが呆然とする中、ちょうど彼が向かった側と反対方向にその巨木は倒れていく。
ズドオーーーーン・・・
轟音を辺りに響かせながら、大樹はその命を終えたことを知らせていた。大きな枝が頭上に無くなったことで、そこにはぽっかりと、暗くなった空が浮かんでいた。雲がかかっている。
再び静けさが訪れ、ミトラはその裂け目が入った部分を確認に行く。それは全くの無意識だったが、まるで何かに導かれるようだった。
そして、ようやくその音が耳に届く。
チリン・・・
「鈴・・・?」
そっと近寄る。木の幹があった場所を大きな光で照らした。
「・・・ミュー・・・!?」
そこに、真っ白な顔をしたミューが横たわっていた。
「ミュー!?ミュー!!起きるんだ!!」
幹が割れてしまった部分はたくさんの割れて尖った部分が残され、ミトラは服も体もあちこちボロボロになりながら、ミューの元にたどり着いた。そして彼女の体を抱き上げ、幹の外に出る。
「頼む、ミュー、目を覚ましてくれ!君がいない世界なんて、意味がないんだ!!愛してる。愛してるから、絶対にもう何があっても一人にはしないから、だから・・・俺の願いを叶えてくれ・・・!!」
チリン、と、ミューの胸元で、鈴が揺れた。
冷たく細い何かの感触が、目を瞑っていたミトラの頬に触れる。目を開けるとそれはミューの細く白い指だとわかった。
「ミトラ・・・」
「ミュー!!」
そこには、まだ青白い顔色をした、ミューの笑顔があった。
「ミトラ、ごめんね。」
「どうしてこんな無茶をしたんだ・・・しかも俺から君の記憶まで奪って!」
「うん。ごめん。」
「あの後、何があった?」
ミューはミトラの腕の中で少し動いた。
「おろして・・・重いでしょ?」
「重くない。いいから答えて。」
ミューは諦めたように笑うと、小さな声で話し始めた。
「・・・私の中にあった力はほぼ全て、セトラが持っていっちゃったの。」
「え!?全部?」
「うん。本来この世界にはないものを受け入れるのは、例えこの力のある星でも大変なことだったみたいで・・・大樹は枯れてしまった。」
「そうだね。もう力が感じられないよ。」
「私の中に今残っているのは、浄化の力だけ。」
「え?」
ミューはミトラをじっと見つめる。
「浄化以外何の力も無い私だけど、ミトラは・・・側にいてくれる?」
途端にミトラが怒りを露わにする。
「当たり前だ!!俺がいつ君の力を好きだって言った!?そんなものいっそ無い方がせいせいする!!俺が君の側にいればいいだけだろ?ずっとずっと、俺の隣にいてくれるんだよね!?」
ミューはちょっと苦しそうに笑う。
「じゃあ、お願い。」
ミトラは息を止めた。
「ミトラ、愛してる。ずっとずっと、最後の瞬間まで、私と一緒に生きてください。」
二人はただ見つめ合い、微笑み合った。
「ミュー。愛してる。俺が君の願いを叶え続けてみせるよ。俺と、最後の瞬間まで一緒に生きよう。」
その瞬間、雲がスーッと晴れていき、二人の頭上には数えきれないほどの星々が、二人を祝福するように瞬いていた。