未来のためにすべきこと
ミューは再び光の中にいた。隣にはミトラがいる。
「ミトラ、ここからはしばらく一人で行くから。」
「どうして?俺も一緒に行くよ。」
「お願い。これは私がやるべきことなの。」
「・・・わかった。近くにいるから。」
「うん。」
そしてミューはミトラから離れ、光の中に浮かぶ草原を見つけてそこにゆっくりと歩いていく。
しばらく歩き続けると、遥か後方に小さくミトラの姿が見えた。
そして、別の光の中に導かれ、その姿すら見えなくなった。その瞬間、目の前に、懐かしい女性の姿がふっと現れた。
『実悠宇』
「・・・お母さん?」
『ごめんね。ずっと一人ぼっちにしてしまって。』
「ううん。いいの。私を、あの日最後に助けてくれたんだよね。」
『でもそれがあなたを縛ることになってしまった。ごめんなさい。』
「そんなことない。私はミトラと出会えたし、何も悔いは残ってないよ。」
『ここに戻るつもりなの?彼を置いて?』
「・・・そうしないと全てが終わらないから。」
母の幻影が、光に包まれたままミューの手を包み込む。触れる感触はないが、なぜか温かいものが流れ込んでくるような気持ちになる。
「もう、戻れないかもしれない。でもやるしかないの。私は何人もの人の人生を縛ってしまったから。だから・・・」
ミューの頬にはいく筋もの涙が流れていた。アミルはその顔を優しく見守りながら、ただミューの側にいてくれる。
『あなたの信じる道を選びなさい。セトラがどういう結論を出すかはわからない。でも、あなたを愛してくれているのは確かなのよ。だから安心して、思う道を進みなさい。でも、彼に何も伝えなくていいの?本当にそれで後悔しない?』
「・・・する。」
『じゃあ、きちんと伝えてからになさい。大丈夫。ここは緩やかな時間しか流れていないから。さあ、早く行ってきなさい。』
「うん。」
そして振り返って走る。光を抜けると、思った以上にミトラが近くに現れた。
「どうした?何かあったのか?」
ミトラは突然光から現れたミューを見て驚く。
「ううん、違うの。大事なことを伝えるのを忘れてたんだ。」
ミューは、赤くなってしまった目を向けて、ミトラに向き合った。
「ミトラ、愛してる。」
「・・・ミュー?どういうこと?何をするつもり!?」
「ごめんね。戻ってこられるかはわからない。でも私の全てを受け入れてくれるのは今セトラだけなの。ウシュナの抱えていた闇も、止まってしまった時間も、私の強すぎる力も、全部は抱えきれない。セトラに溶け込んで、新たな始まりに賭けるしかない。」
ミトラの顔が蒼白になる。
「それってつまり、星に還るってこと?」
「・・・うん。」
「そんなことをしたらもう二度と会えなくなるんだぞ!やっとここまで来たのに、こんなに長く君と生きてきたのに!?そんなの認められない!!絶対に駄目だ!!」
心からの叫びがミューに突き刺さった。だが、ミューの決意は変わらなかった。
「ミトラ、愛してるよ。ずっとこれからも、永遠に。よかった。ちゃんと最後はあなたに言えた。ミトラがこれからの人生を幸せに生きられるように、セトラにお願いしておくね。」
ミューの腕を掴み、ミトラは強引に引き寄せた。
「絶対にこの手は離さない。行くなら俺も連れていってくれ。」
「駄目。」
「どうして!?」
「セトラに、私だけしか今は受け入れられないって言われてるから。」
「・・・」
ミューはミトラの頬にそっと触れた。
「泣かないで。もしかしたら、うまくいけば、戻って来られるかもしれない。でも期待をさせたくないの。悲しみをこれ以上増やしたくない。だからお願い、『私のことをずっと覚えていて。』
「・・・!?」
そして、ミューはそこに立ちすくむミトラにキスをして、再び光の中に、消えていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ミトラが次に気が付いたのは、宿の部屋のベッドの上だった。身体を起こすと、そこにはなぜかアレイディアの冷たい視線があった。
「あんた、一体何してたんだ?ミューはどうした!?あんただけここに帰ってきた時は本当に、ぶん殴ってやろうかと思ったよ!!」
怒りの表情の訳も、『ミュー』という名前にも心当たりがなく、虚な表情を向けて言った。
「ミュー?って誰だ?」
「はあ!?お前ふざけるなよ!!お前の愛した人だろうが!!たった一人の人なんだろ!?俺が何のために諦めたと思ってるんだ!!」
胸ぐらを掴み怒鳴りつけたが、ミトラは全く反応しなかった。
「・・・本当に忘れてるのか?」
「忘れているかどうかもわからない。でもその人の名は知らない。」
「なんてこった・・・。」
アレイディアは途方に暮れつつ、窓の外が嵐に包まれていくのを、ただただ見つめていた。