ミューの夢
ミューは夢を見ていた。
幼い頃、父と母と手を取り合って庭でたくさん遊んだこと。父の黒い髪を引っ張ったり、メガネを取っていたずらしたこと。母に美味しいごはんやおやつを作ってもらって家族みんなで幸せに暮らしたこと。
夢か過去の記憶なのかわからないまま、ただその温かくて遠くて切ない光景をぼんやりと見ていた。
そしてある日、父の肩車で散歩をしていた時。
突然物凄い光に包まれてしまい、気がつくとそこは日本だった。
父と二人だけで過ごした期間はそれほど長くなかった。母はすぐにやってきて、また三人で暮らし始めたから。
でも、母はしばらくしてから泣きそうな顔で父と話し合っていた。何を話していたかはわからない。でも父が母を慰め、手を取り合っていたことだけは覚えている。
そして、またセトラに戻った。母と二人だけで。
しばらくセトラでの二人の生活が続いて、友達もでき始めた頃、ウシュナと出会った。
彼は近くに住んでいた、病弱だが優しいお兄さんだった。ある日近所で摘んだお花を持ってお見舞いに行き、辛そうだった彼を元気づけたくて何かを言った。
彼は一気に元気になり、それから毎日のように二人で散歩をした。
(ああ本当に彼と歩いたことがあったのね・・・)
そこからまた場面が切り替わる・・・
母が何かの用事で出かけていたある日のこと。
庭で遊んでいた私に、二人の男女が話しかけてきた。何かわからないけれど助けたいと思い、言われた通りのことを口に出して願ったら、また日本に来ていた。
ただ、そこからはぼやけた映像しか見えない。
心を病み、思考を閉ざし、父とも会えないまま施設で生活する。父のことも母のことも忘れて、ただひたすら毎日を生きるだけだった。
日本で中学生になった頃、叔母だという女性が現れた。いや、最初はお母さんよと声をかけられたはず。でも心はもうその事実を受け止められなかった。その姿を見て泣きながら母は、『叔母なの』と言って私を引き取ってくれたのだ。
私達はそのまま日本で質素に暮らしていた。叔母と名乗った母は明るく声をかけてくれて、少しずつ心の傷を癒していった。
そして、あの悪夢の日々が始まる。
その二人は、セトラであの日私に何かを願わせた二人だった。
『俺達から星を奪い取ったあいつらも、それを許したセトラもみんな滅ぼしてやる!!』
そう、あの男はそう言っていた。
そして日本の呪術を自らの力と融合させ、私の中にエネルギー貯蔵庫のような空間を作って無理やりそれを詰め込んでいった。
ブツブツと何かを唱えたり、拝まれたりしていたと思っていたのは記憶違いだった。何かを唱えていたのは自分で、拝んでいたと思っていたのは、力を溜め込むための動作だった。
そして思い出す。
無理やり唱えさせられていたのはセトラへの呪詛だった。
言うことを聞かないと叔母を殺すと脅され、泣きながら毎日自分の中に力を溜め、呪いの力を混ぜ込んだ現実化の力を使い続けていた。
あれは、禁忌の力は、そうして私の中に出来上がったものだったのだ。
そして最後に、私は一人、セトラに戻らされようとしていた。そこに戻れば自分の中の力が暴発し、星も星に住む民も全て終わりを迎える、そう彼らは言って高笑いをしていた。
絶望の淵に立たされていたその時―――
叔母、いや母が、そこに現れた。
母は泣いていた。
そして初めて見た銀髪の髪を靡かせて、何か言葉を放った。
その言葉で、私の中に黒々と渦巻いていた何かが、切り離された気がした。
そして二人の男女は母と共に、強い光の中に消えていった・・・
夢はそこで終わりを告げた。
だがミューは目を覚まさない。いや目が覚めているような気もするが、現実味のないふわふわとした光溢れる空間に止まっていた。
「ここは、どこ?」
『・・・』
「セトラの中なの?」
『・・・』
「今見たのは、夢、じゃないんだね。」
『・・・』
「うん、大丈夫。大切な記憶を私にも見せてくれありがとう。私は・・・この呪いを解くことはできるのかな?」
『・・・!』
「え?・・・そっか、そうだったんだ。うん。やってみるよ。私は、このセトラで生きたいから。そしていつかあなたの元に還るよ。」
『・・・』
キラキラと虹色に輝く光がミューの周りを取り囲む。それは星の愛を肌で心で、全てで感じることの出来る、生涯忘れられない体験となった。
『・・・』
「ウシュナが近くにいるのね。」
『・・・?』
「うん。彼に謝らないといけないから。会うよ。」
『・・・』
「ありがとう。彼のことも助けてくれるんだね。じゃあ、私もう戻るよ。」
そして、ミューは大樹の幹の側で、今度こそゆっくりと目を覚ました。