アレイディアと赤き剣②
「いったいこれはどういう・・・何が起きたんですか?なぜここに突然・・・?」
慌てている様子はあれどさほど顔色に変化はない。さすが『赤き剣』の実力者だけあるなと、ミトラは冷静にアレイディアを観察した。
ここは『赤き剣』の拠点、王城の隠された場所にある石造りの殺風景な部屋だ。
窓は小さいものがいくつか壁の上部についてはいるが、部屋全体を明るく照らすほどの光量は望めない。それでもかなり大きなランプが四隅に置かれているため、部屋全体の明るさは十分だった。
部屋の真ん中には十人以上の人が座れる大きさの頑丈そうな円卓と、革張りのシンプルな椅子が八脚ほど並べてある。
「とにかく座りなさい、アレイディア。彼らは私の信頼できる客人であり、友人でもある。君の事情も話してあるから、いつも通りで構わないよ。」
リンドアーク王が円卓にある椅子の一つに腰掛けた。執務中よりも寛いだ服装で、穏やかな笑顔を見せている。少しだけ口角が上がっているのはどうやら甥っ子の動揺ぶりを楽しんでいるかららしい。
「お二人もどうかこちらにおかけください。ここは『赤き剣』の拠点であり、星守に誓約をしてもらった特殊な部屋です。関係者しか入れませんのでご安心を。」
「陛下、この方達はご友人とのことですが、どうしてここに入れるのですか?いくらなんでもここへの入室を許可するのは・・・」
アレイディアが優しそうな好青年の仮面を外し、抜け目のない鋭い眼差しでミトラ達の様子を窺っている。ミトラはそれを難なく受け止め、優美な笑顔を彼に返した。
「アレイディア殿、はじめまして。名を名乗れぬ無礼をお許しください。こちらの女性はモーラです。察していただけるかと思いますが彼女も偽名です。実は今日はあなたに大事な依頼がありまして、こちらにお邪魔した次第です。」
「そうですか、こちらの名前も素性も知っていながらご自分は名乗れないと仰る。まあ、陛下がお許しになっているのであれば私が特に言うことはありませんが・・・。ご存知かも知れませんが陛下は私の叔父です。私の母が陛下の姉に当たりますが、母は七星の父に嫁ぎましたので私は現在一つ下の六星となります。上位貴族であることに変わりはありませんが。」
身分の話を持ち出したところで、この隙の全く見えない男から情報は引き出せないだろうな、などと考えながらも一応探りを入れてみる。アレイディアはミトラを真っ直ぐに見据えた。
「普段は素性を隠し三星、平民のアレンとして一兵士をしておりますが、私も『赤き剣』の一員。今回の件、ご依頼をお伺いする前に一体全体何が起きているのか、詳細にご説明願えませんか?」
ミトラは一旦アレイディアから視線を外し、ミューのために椅子を引いた。ミューは黙ってその椅子に腰かけたが、彼は彼女の横に立ったまま質問に答える。
「あなたに現時点で依頼内容以外にお伝えできる情報はありません。」
「・・・ではそのご依頼内容とは?」
「ご説明しましょう。あなたにはある目的のためにゾルダーク国への潜入をお願いしたいのです。ただし彼女、モーラを部下として伴いながらとなりますが。」
予想していた以上にとんでもない依頼に、アレイディアは一瞬顔をこわばらせたが、すぐに持ち前の冷静さを取り戻す。
目の前にいる女性、モーラという偽名を持つような怪しい女性をなぜ突然自分の部下にしなければならないのか。そもそもゾルダークへの潜入は別の仲間に任せることになっていたはずなのだが、とアレイディアは不信感を募らせた。
彼の関心がふと目の前の女性に向けられると、黒髪の女性がにっこりと微笑んだ。先ほど掛けていた眼鏡はもう外している。
(ほう、全然地味などではなかったな。驚くほど美しい人だ。)
アレイディアの表情に変化はなかったが、ミトラは何かを敏感に感じ取ったのか、ミューの側に少しだけ近付いた。
「今回の件、リンドアーク王の許可はいただいています。こちらとしてはあなたの素性も力も十分に納得のできるものと判断しましたので、ぜひ依頼をお受けいただきたい。あとはこの不可思議で謎だらけの状況でもあなたがこの依頼を受けるかどうか・・・これ以上の説明はそのご決断次第ですね。」
なぜか余裕たっぷりに明るく語るミトラに少々苛立ったが、王の命とあらば受けない訳にはいかない。
リンドアーク王はただ黙ったままこの成り行きを見守っている。つまりこれはもう決定事項であり、王は返答如何に関わらず命令を下すだろう、とアレイディアは判断した。
そして多分この男は強い。異常なほどに。どちらにしろ逃げられるような依頼ではないのだ。
「陛下がそうお命じであれば私はそれに従うまでです。」
(こんなとんでもない奴を敵に回したら陛下に何があるかわかったものではない!)
アレイディアはここは一旦引き下がり、とりあえず依頼の詳細を把握するという方針に、渋々切り替えた。