雨の中で
しばらくは雨に降られる旅となった。雨具は使っていたがやはり身体が冷えやすくなるので、全員がアレイディアに『熱』を送ってもらい、ミトラが『風』で雨を遮り、乾かしながら進んでいく。
「ああー、もう嫌!!」
「ミュー?」
「・・・彼女は雨が、いや湿気が嫌いなんだ。」
「お、おう。ミュー、どうしたうわっ!?」
ミューはめいいっぱいの力で天候を変えてしまったようで、しばらく男性二人は、周りで雨が降っているのにミューの上空だけ晴れ間が広がるのを恐ろしい、と思いながら進んでいった。
そこから丸二日間、ひたすらレンネを走らせつつ、小さな村などで宿泊もしながらただまっすぐに海を目指した。
デアキラ国を抜けてからはひたすら森を抜けていく。ミトラとミューの力が様々な障害物を全て薙ぎ払った。もちろん自然を壊すことはほとんどなかったが、三人に襲いくるものはその後どれほど後悔するんだろうと考えると、アレイディアは少し寒気がした。
そしてついに、大陸最後の街にたどり着く。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここは大陸最後、最南端の国と街、ユーディアだ。」
ミトラが雨具をしまい、レンネを休ませる場所へ歩いて移動する。レンネ達もかなりハードな旅だったこともあり、疲れた様子を見せていた。
「ここでレンネ達とも一旦お別れだ。船が出られる天候であれば、そこから例の島に向かう。・・・まあ天候はどうにでもなるか。」
そう言ってチラッとミューに視線を向けた。何だか最近ミトラもアレイディアと同じように、ちょっと残念な子扱いするところが気に食わないミューは、二人を無視してさっさと宿に入った。
そこから三人は思い思いの時間を過ごし、最後の宿で疲れを癒す。
(もうすぐ旅も終わる。望む未来のために、最後まで頑張らないと!)
ミューは左手のバングルを握りしめてから、ふと思い出してミトラとお揃いの鈴を鞄から取り出す。
直前に寄った村で、小さなアクセサリーを売っているお店を見かけてつい立ち寄った。その時に何の飾り気もないネックレスを一本買っていた。
(鈴、ネックレスにつけておこう)
少しチリチリと音がするが、それでもできるだけ近くに触れていたかった。胸元でほんのりと光を放つそれを何となく眺めていると、ミトラが小さなノックと共に部屋にやってきた。
「どうしたのミトラ?」
「うん。中に入ってもいい?」
「どうぞ!」
中に入ったミトラは、覆いかぶさるようにミューを抱きしめる。
「ミューが全然足りてなくて・・・ああ、ここはほっとする。」
その言い方が可愛くてつい頭を撫でてしまう。
「俺を甘やかしてくれるの?」
「うん。いっぱい甘えていいよ?」
「じゃあ遠慮なく。」
そう言ってミトラはミューをさらにぎゅうっと抱きしめた。
「ミュー。ここからはもう後戻りはできない。知りたくないことを知り、ウシュナとも対決しなきゃならない。でも絶対に一緒にいるから。離れないから、それだけは信じていて。」
ミューはその言葉にただ静かに頷き、広い背中をぎゅっと抱きしめ返した。
「ミトラ、一緒に行こう。全部知って、全部受け止めて、全部解決しよう。最後の瞬間まで、ミトラと一緒にいるから。」
二人はどちらからともなく身体を離し、見つめあい、そして深く深く、キスをした。その先にあるものを今は考えず、互いの温もりとその愛おしい笑顔だけを感じて、ゆっくりと二人だけの時間を過ごしていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アレイディアは最後の街で、一つ大きな決意を固めていた。
(もう俺ができることは無い。でも、ここで二人の結末を見届けることはできる)
これまでの思い出がさざ波のように胸に押し寄せてくる。その波に心が揺れ動き、涙が静かに頬を伝った。
ミューを愛していることに変わりはない。それでも、彼女の幸せを一番に考えようと決めたのだ。
最初に触れた日のこと、彼女を翻弄しようともがいたこと、そしてあの日の唇も。全て忘れないと決めたから、アレイディアは涙を拭い、立ち上がった。
明日、愛する人ときちんとお別れをするために。




