アレイディアと赤き剣①
暑い日差しが地面をジリジリと焼き、上を見上げれば湿気が強く靄にかかったような青空が広がっている。遠くにぼんやり見える山の方には大きなモクモクとした雲が湧き上がっているが、当分こちらには押しかけて来ないようだ。
アレイディアは暑さにぐったりしつつも隣の仲間に天力の一つ、『冷気』で冷やしてもらった氷水をもらって一息つく。
特殊任務に就く時以外は兵士の一人として王都周辺の警護を担当する真面目な青年、として暮らしている。警護といっても現リンドアーク王の元では、国内はもとより隣国も含め大きな争いなどは起きておらず、犯罪者の取り締まりや治安維持を目的とした業務を主に担当している。
「おいアレン、マキルさんに聞いたけど、また別の任務に呼ばれたのか?」
隣にいる昔馴染みで兵士仲間のケントは、幼い頃からくだらない遊びに付き合い付き合わされてきた腐れ縁でもある。
「ああ、しばらくここを離れることになりそうだな。」
飲み干したカップは持ち運びしやすい軽量の金属でできている。残っていた氷がカランと小さく音を立てた。
「そうか。お前はいつも忙しいな。まあ無理はするなよ。暑いしな。」
「そうだな、全く暑い。お前の冷気は貴重だからな。いないところで働くとなると、これからがひたすら思いやられるよ。」
うんざりしながら最後の氷を噛み砕くと、休んでいた木陰からゆっくりと立ち上がり、兵舎に戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
兵舎に戻ると先輩の一人が、手に持ったタオルで汗を拭きながらアレイディアに声を掛けてきた。
「おい、アレン。女性のお客さんが来ているぞ。」
「はい?僕にですか?」
「ああ、食堂で待ってもらってる。」
一体誰が待っているのかと聞く間もなく先輩兵士は自室に戻ってしまい、アレイディアはぽかんとした顔のまま食堂に向かうこととなった。
アレイディアが現在暮らしているのがこの兵舎であり、二階と三階は独身兵士達の部屋となっている。
男性ばかりのこんなむさ苦しい所に押しかけてくる女性の知り合いなんていただろうか、と考えながら食堂に入ると、窓際のテーブルの一角に地味な色合い、動きやすそうな服装を着た女性が外を眺めていた。
「あの、すみません。僕を待っていると言うのはあなたですか?」
横顔を見る限り知らない女性だな、と思いながらテーブルに近寄り声を掛けると、ゆっくりとその女性が振り向いた。
「ああ、お待ちしてました!あなたがアレンさんですね!」
黒い髪、眼鏡をかけた穏やかな風貌の女性がアレイディアに笑顔を向けた。
「はい、僕がアレンですが、えーっとどのようなご用件で・・・?」
振り向いた顔を見てもやはり誰なのか見当もつかず、思わずまじまじと顔を眺めてしまった。
「あっ、そうですね。名乗りもせず失礼しました!私はこう言う者です。」
そう言って手渡された小さな黒いカードには、流れるような金色の装飾文字で『モーラ』という名前だけが書かれている。
「モーラさん、ですか?すみませんお名前を見ても何のことか――― って、えぇっ!?」
カードから目を上げて前を見ると、そこはもう兵舎ではなかった。だが見覚えのあるそこは、もう一つの特別任務を遂行する拠点となる場所だ。
「なんでここに!?いつの間に・・・」
一瞬にして場が切り替わったことに対処できない頭を叩き起こして、アレイディアは素早く周りを見渡した。
「驚かせたかい?」
聞き慣れたその声に、弾かれたように振り返って目を見開く。
「陛下!」
そこにはなぜか、笑顔というよりも噴き出すのを堪えている様子のリンドアーク王と、先ほどの女性、そして銀髪の男性が並んで立っていた。